クローズアップレンズで撮る新たな「花」の世界
写真家・並木 隆さんの花の写真は、美しいその姿だけでなく、並木さんならではの“視点”が魅力です。今回は並木さんに「被写体の見つけ方」や「セオリー通りに撮らずに新たな視点を探す」という部分に焦点を当てて話を伺いました。
写真:並木 隆
いちばん大切なのは被写体を「よく見る」こと
こんな風に撮りたいと思ったら、僕はまず自分の足で現場を見に行きます。このとき、カメラを持たずに行くことも少なくありません。カメラを持って撮りながら見ていると時間もかかってしまいますし、ファインダーを通すと被写体を見ているようで実はしっかり見られていないということが多くあります。花の写真に限らず、写真を撮るときにいちばん大切なのは、被写体をよく見て、自分がどこをきれいだと感じて、どう撮りたいのかをしっかり考えることです。
気になる花を見つけたとき、その花のどこがいいのかをまずじっくり観察しましょう。花びらがきれいなのか、少し枯れてしまったところに感動したのか、シャッターを切る前に自分がどう感じたかを知ることが大事です。
意外と気付かない「高さ」
ファインダーを覗きながら被写体を見ていると、実は被写体に対する「高さ」はあまり変えることができません。被写体を上から、下から、斜めからと、自分が想像している以上に、ときには地面にはいつくばるほど低いところからも見ることで新しい発見があると思います。
下から撮ったもの
花と同じ高さで撮ったもの
上から撮ったもの
カメラを構える高さ(アングル)を変えることで、被写体の見え方だけでなく、背景も変わってきます。被写体の見え方ばかりに目がいきがちですが、洋服が変わると雰囲気が変わるように、同じ被写体でも背景が変わると雰囲気が大きく変わります。前述した被写体を観察するときにアングルによる背景の変化も見られるようになると、確実にバリエーションを増やすことができます。
葉の縁の輝きがキレイだなと感じたら、その部分だけを切り取ってみましょう。そうすることであなたの美しいと感じた部分が表現できるようになります。一部分だけを切り取れるのがクローズアップの魅力です。このとき、被写体の説明をしないのがポイントです。どこのどの部分ですという説明をしたくなりますが、ぐっと我慢しましょう。
小さいものは小さく写す
クローズアップレンズやマクロレンズは「小さいものを大きく写す」ものと勘違いしがちです。例えば、人間の赤ちゃんは小さいからこそかわいいですよね? これが2mあったらどうでしょう? クローズアップフィルターを使うと被写体にグっと寄ることができ、撮影倍率も上がりますが、やはり「小さいものは小さく写す」から愛らしいのだと思います。
FUJIFILM X-H1, XF50-140mmF2.8 R LM OIS WR+クローズアップレンズNCキット, 1/1700, F4, ISO 1600
蜘蛛の巣についている水滴も、1滴を大きく写すのではなく、こんな風に小さい姿のまま捉えることでかわいらしく、儚げに写すことができます。ピント面はとても薄くなりますから、自分がピントを合わせたい位置までほんの少しずつ動くことが大事です。
全体ではなく美しいと感じたところを「切り取る」
花を撮るからといって、セオリー通りに花芯にピントを合わせたり、花そのものの形をすべて写すことだけが写真ではありません。特にクローズアップレンズを使う際は、自分の感じた花の美しい部分を切り取ればいいんです。それが「写真表現」ですから、自分自身が何に感動し、どこを美しいと感じたか、それをそのまま撮ることができれば、それが撮った人だけの写真表現になります。
SONY α7R IV, FE 70-200mm F2.8 GM OSS+クローズアップレンズNCキット, 1/2500, F6.3, ISO 400
花芯にピントを合わせなくても、花にはさまざまな表情があり、どこを美しく感じるかは人それぞれです。いろいろな角度や高さから花を見て、自分が気に入った部分だけを「切り取る」ことができるのがマクロ撮影のメリットでもあります。もしマクロレンズを持っていなくても、クローズアップレンズがあれば自分の気に入っているレンズにつけるだけで手軽にマクロ撮影が楽しめますから、普段の撮影にも携行して、自分の表現したいものに応じて手軽に使い分けることができるのもクローズアップレンズの魅力です。
最短撮影距離0.96mのレンズ(200mm)にクローズアップレンズを装着すると、レンズと被写体までの距離はおおよそ20cmくらいになります。絞り値が開放に近いほど大きなボケ味が得られますが、収差によりピント面の像が甘くなります。ふわっとした感じで撮りたいなら開放で構いませんが、収差の影響を取り除きたければF8〜11程度まで絞り込みましょう。
花の撮影は常にトライ・アンド・エラーの繰り返し
僕自身も、自分の撮った写真を見て、もっとここをこんな風にすればよかったと反省し、どうしたらそこをもっとよくできるかを考え、トライしています。写真表現はトライ・アンド・エラーの繰り返しです。自分の撮った写真をよく見て、満足できないところを次の撮影であらたに試す。それを見てまた次に生かしていくことが大事だと思います。撮りたいと思った花を、どんなシチュエーションで、どんな風に撮りたいか、まずはじっくり見て考える。そうすることで撮りたいという気持ちもふくらみますし、カメラを持たなければより自由に動くことができますから、高さや角度を変えて見ることで、これまで見たことのなかった花の表情を知ることもできます。何度も同じ被写体に向き合い、新しい表現を探求することがとても大切だと考えています。
並木 隆 NAMIKI TAKASHI
1971年生まれ。
子どものころ庭に咲いていた花を撮り始めたのが写真を始めたきっかけ。高校在学中より写真家・丸林正則氏に師事。現在はフリーランスで年間を通して花や自然をモチーフに各種雑誌誌面で作品を発表する傍ら、数多くの写真教室で200名にもおよぶ生徒さんへ指導を行なっている。
公益社団法人 日本写真家協会、公益社団法人 日本写真協会、日本自然科学写真協会会員。