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GOTO AKI’s works フィルターワークの世界

GOTO AKI’s works フィルターワークの世界

普段から目にしている世界を、写真を介して一変させることができる「フィルターワーク」。風景写真家のGOTO AKIさんは、フィルターワークの効果を駆使し、まだ見ぬ魅力的な景色と出会うために日々シャッターを切り続けています。フィルターワークがもたらす写真の可能性とは? GOTO AKIさんの作品を通じて、その世界の一端をお見せします。

目次

その風景が持つ“時間の堆積”を写真を通じて表現する

——GOTOさんは、風景写真家として何を撮ろうしているのでしょうか。
目の前に当たり前のように広がっている風景は、僕らが生まれるずっと前から、場合によっては人間が誕生する前からの地球の営みを経て、今に至っているわけですよね。風景だけでなく僕らの命だって、辿れないくらい遡った先祖からの血を引き継いで今がある。僕は、そういった「時間の堆積」に深いリスペクトを持っていて、それを表現するには、極端な話、足元に転がっている石ころ1つでも写真に撮る意味があると思っています。
「時間の堆積」の表現には、スローシャッターで動きを付けた「時間の厚み」の表現が僕にとっては大事で、そのためにNDフィルターの運用は必須です。去年、ND32000を導入してから表現の幅がさらに広がりました。かつては満月の夜とかでないと表現できなかった地球の営みを、昼間でも撮ることができるのはすごくメリットですね。“決定的瞬間”というものが写真の世界にありますが、僕の場合は“非・決定的瞬間”を狙っているのかもしれません。

時間の堆積に“今”という時間をリンクさせる喜び

フィルターなし

F16、1/80秒、フィルター無し

フィルターあり

F9、81秒、ND32000

——まさに“堆積”といった雰囲気の岩場が写っていますが、ここはどこでしょうか。
これは荒崎海岸という神奈川県の景勝地の1つですね。夕方に富士山がきれいに見えたりする場所なんです。神奈川県ではここと城ヶ島が好きで、何度も通っています。潮の満ち引きで岩が沈んだりむき出しになったりして、大げさかもしれないけれど、地球の営みをだれでも感じられる場所というか、そういう場所だからこそ写真にして先入観を推すものを撮れないかと常に思っています。
——たしかに繰り返し当たる波によって削られたことが想像できますね。
午前中の遅めに着いた時には干潮でした。ここから海面が上がるのを撮りたいというよりは、それによって海が岩の中にどういうふうに入り込んでいくのか、その動きを撮りたくて何時間も待ちました。潮の満ち引きはアプリ(今日の潮汐: iPhone / Android タイドグラフBI: iPhone / Android)で簡単に把握できます。16時13分くらいにようやく潮が満ち始めて、海水が結構な勢いで岩の間に入り始めたので、狙い目だと思って何枚か切ったうちの一枚がこの写真です。
——夕方に差し掛かる時間帯ですが光が硬いですね。
今年、関東が梅雨入りする直前に晴れた真夏日、まさにその日だったのでかなり光量が強かったです。それもあって岩肌の質感もしっかり出ていますよね。岩の縞模様は違う年代の砂と凝灰岩が重なってできたもので、本来は海底でできた地層。以前撮影で訪れた際に調べたんですが、表に見えている地層は約1200年前と比較的新しくて、約500万年前の地層まで遡れるそうです。1200年と500万年ってものすごい幅ですよね(笑)。時間の厚みを表現した写真で、風景の中にある時間の蓄積をどこまで感じてもらえるのか、僕にとってチャレンジというか、写真家として興味が掻き立てられました。
——岩に流れ込む海を撮るということで、海の動きをある程度想定して構図を決めているんですか?
こうなると良いだろうな、と想像して構図は決めてますけど、波のスピードや光の具合によって、波が描く模様は予想を超えてくるので、そういう驚きも期待して撮ってます。ND1000を常用していた時には、それほど長い露光時間を撮れなかったんですけど、ND32000を使うようになってから緩慢な動きであっても大きい動きとして描写できるので、シャッターチャンスはすごく増えた印象があります。その代わり、ブレやすいリスクがあるので、かなり慎重に撮っています。
——左奥に海を入れた構図で、そこから岩の方に大きな波が入り込んでいる雰囲気も伝わってきます。
海の動きを強調しすぎると大地における時間の堆積の表現が薄まると思ったので、岩の面積をしっかり設けたのもポイントです。ただの岩…と言われてしまったらそれまでなんですけど、非常に長い時間の堆積がある岩に“今”という時間の運動が重なりあったら、というのが興奮するポイントだったりするんです。共感してもらえるかはわからないですが(笑)。

動と静を同居させる、写真ならではの豊かな時間の使い方。

フィルターなし

F11、1/4000秒、フィルター無し

フィルターあり

F11、131秒、ND32000

写真は、富士山の中でもファンの多い宝永火口の登山口から撮った一枚です。宝永火口の方へ横ばいに行く道があるんですけど、そこを通っている途中で撮影しました。
——この写真をひと目見て富士山だと分かる人はなかなかいなさそうです。このギザギザとしたアウトラインは遠くに見える樹海ですか?

いえ、写真は富士山の五合目あたりから見られる、いわゆる「森林限界」を撮っていまして、途中から直線的なアウトラインになっているのはそのためです。富士山は複数回の噴火によって山体がうまれた成層火山で崩れやすく、侵食と風化で山の形状は常に変化しています。風が強いときだと5号目でも風速20mくらい平気で吹いたりして、長いレンズを使った長時間露光が難しいくらい、かなり厳しい自然環境です。この日も晴れと曇りが目まぐるしく変わった天気でした。そのときの気温や、強い風で生まれた雲を動的なものとしてスローで撮って、静的なものとして山の稜線のラインがキレイに出るようにピントを合わせています。
——長時間露光を行うと、動くものはより動いて見えて、止まっているものがさらに際立って表現されるところが面白いですよね。
写真を構成する要素にはいろいろありますが、その中でも「時間」は写真の表現において特に重要な要素だと思っています。今はYouTubeやTikTokなど動画が活発で、動画から静止画を切り出せば良いという考え方もあったりします。でも、例えば30fpsの動画から静止画を切り出したとして、それは1/30秒の静止画でしかないんです。写真であれば、5分以上ものの長時間露光から1/8000秒の刹那まで、豊かな時間の扱い方ができる。写真にしかない面白さだと思っています。
——決定的瞬間を動画の切り出しで提示できる時代だからこそ、長時間露光は写真ならではの表現として残っていく気がします。
そうなんですよね。この表現ができるのは写真だけ。それには時間表現の扱い方がすごく大事で、NDフィルターの効用が僕の中で非常にプラスになっています。ND32000が使えるようになってから、想像力がさらに刺激されるようになりました。

形容詞や形容動詞を表現するフィルターワーク

フィルターなし

F4、1/2000秒、フィルター無し

フィルターあり

F4、524秒、ND1000000

青木ヶ原樹海の片隅です。樹海と聞くとあまりよろしくないストーリーを思い浮かべてしまいますが、森林トレールイベントが行われたり、世間のイメージよりも明るい場所なんです。樹海は森としては若くておよそ1200歳。溶岩などが蓄積したゴツゴツとした大地で育まれた生命の息吹を動的に表現したいと思って、今回ND1000000(20段分の減光)というとんでもなく濃いフィルターを使ってみました。
——通常の長時間露光と違って葉の動きにばらつきがありますよね。露光時間は意外と短いのですか?
いえ、8分44秒開けています。この日は晴れていてほぼ無風。たまに吹き込むそよ風で揺らぐささやかな動きが、とても濃いNDフィルターを通すことでどれぐらいの動きになるのか。あと、開放値に近いF値で長時間露光撮影をしたかったんです。ピントを合わせたところ以外はボケ味がついて、ウワっと動いているような光景をイメージしていました。通常は絞り込んでパンフォーカスにしますよね。ND1000000となると、昼間でも絞り込むとよっぽど長く開けないかぎり夜みたいになってしまいます。
——なぜこの場所を長時間露光で撮ろうと思ったのですか?
森を下から見上げている写真は、風景を撮っている人であれば一度は撮ったことがあると思うんですけど、木の幹が強調されて、スローシャッターで動きを付けるには、葉が遠く小さく写ってしまいます。低い位置に草木があって色の密度がある景色で、NDフィルターを使って揺らすことができたら気持ちが良いだろうなぁというのを予想しながら探していたら、たまたま上から光が差し込む時間帯にこの場所に出会いました。細かい木々が揺れてないところからも、この日ほとんど風が吹いていないことが分かると思います。
——たしかに。しかも木々にピントが合わせられていて、揺れている緑とのギャップが際立って見えますね。
また、写っている緑にもいろいろあるのが分かりますよね。明るい透過光の緑もあれば、日陰で少しシアン掛かっているもの、その中間など、そういう多様な緑も写せたなと思います。
——通常のシャッタースピードで撮った写真では、木や葉っぱに注目してしまうけれど、長時間露光によってディテールが抽象化されると、色に意識が向きやすくなりますね。
被写体そのものというよりは、風景を構成している“要素”や”状況”のほうに目を向けたいというのがあるのかもしれません。NDフィルターを使って、樹海という名詞だけではなくて「眩しい」「揺れている」「輝いている」といった形容詞や形容動詞も表現できたほうが、多様な解釈が生まれて、写真はもっと面白くなるんじゃないかなと思っています。


GOTO AKI

1972年 川崎市生まれ。1993年の世界一周の旅から現在まで56カ国を巡る。風景撮影に自然科学の視点とスナップ撮影の手法を取り入れ、新たな日本の風景写真を生み出している。2015年「キヤノンカレンダー」にて第66回全国カレンダー展日本商工会議所会頭賞受賞。2019年「terra」(写真展/キヤノンギャラリーS ・写真集/赤々舎 )にて、2020年日本写真協会賞新人賞受賞。武蔵野美術大学造形構想学部映像学科・日本大学芸術学部写真学科 非常勤講師

GOTO AKI