海で使うNDフィルターの基本と応用|高濃度NDフィルターの魅力
はじめに
こんにちは。写真家のGOTO AKIです。今回取り上げる「海」は、風景写真を撮られる方にはポピュラーな被写体ですね。私は⽇本の⾵景をモチーフとして「地球の表情」をテーマに撮影をしておりますが、「海」を撮影するときは、海面がゆったりと、そしてときには激しく動くその表情に、地球の運動や時間の流れを感じて撮影しています。この壮大な海の動きを写真で表現するにはどうしたらよいのでしょうか?
撮影に必要なカメラの設定方法やレンズ・三脚の使用に加えて、NDフィルターを使って「シャッタースピード(時間)をコントロールする」ことが⼤事なポイントです。NDフィルターを使えば、⼤海原の潮の流れ、岩場に打ちつける波、⽔平線上に流れる雲など、被写体の軌跡や動きに応じてシャッタースピードをコントロールし、被写体を滑らかに表現することが可能です。さっそく作例を見ながらNDフィルターの効果を見ていきましょう!
※NDフィルターの基本的な概要はコチラをご覧ください。
基本編
水など動きのあるものをシャッタースピードでコントロール
前述の通り、NDフィルターは明るいところでも光量を抑制して、シャッタースピード(時間)をコントロールすることができるアクセサリーです。NDフィルターを使わなければ、撮影場所の光量が多すぎて(明るすぎて)シャッタースピードを遅くできず、スローシャッターで撮影すると⽩とびしてしまいます。そのような環境でもNDフィルターを使うことで、シャッタースピードを遅くして、適正露出で撮影することができます。
海では近景の波や岩場のしぶき、遠景の海面や上空に流れる雲なども「動く被写体」なので、これらの動きを、NDフィルターを使って描写することで、目で見るのとは違い、滑らかな描写で表現をすることが可能です。
NDフィルターなしで撮影。速いシャッタースピードだと波のディティールが描写される。SS:1/640秒 F値:11 ISO:100 焦点距離:56mm(35mm判換算)
NDフィルター(ND2000)を使って撮影。スローシャッターで撮影したことで、フィルターなしと比べて、波と雲の質感は少し滑らかに描写された。SS:5秒 F値:11 ISO:100 焦点距離:56mm(35mm判換算)
上の比較写真に注目すると、NDフィルターをつけてスローシャッターにすることで、雲や潮の流れが滑らかに表現できていることがわかると思います。
「なるほど、じゃあ海で撮影するときはNDを使えばいいのか!」と考えてしまうかもしれませんが、その前に私がフィルターを使うときに大事にしていることがあります。それは「被写体に撮らされないこと」、「被写体を観察すること」の2点です。
どんなに綺麗な風景でも観察しないで撮ると、ただ綺麗なだけの、風景に撮らされた写真になってしまいます。そのため、シャッターを切る前に観察して何を表現したいのかを自問自答して判断をするようにしています。美しさに興奮しながらも、冷静さを保つような感じです。
観察するときは、まず海の明るさや反射、風の強さや潮の流れ、雲の流れなどを確認します。そのときに被写体の動きを表現したいと感じたら、NDフィルターを使います。光をコントロールして表現したいと感じたら、PLフィルターを使い、風景に明暗の差を感じたらGNDフィルターを使う、などの判断をしています。
海を被写体とする場合も、「動きを表現したい」、「時間を表現したい」と思ったからNDフィルターを使うという、表現を起点とした考え方が大事です。
被写体の動く速さを観察する
さて、先ほど「潮の流れ・雲の流れ」を観察するとお伝えしましたが、もう少し細かく私が気にしていることをお伝えします。ポイントは「被写体の動くスピード」です。
遠景の海を目で見ると、潮の流れや雲の動きがゆっくりに見えると思います。場合によっては止まって見えることもありますね。一方で、目の前の岩に打ちつける波しぶきや波の動きは速く見えると思います。遠景の波や雲の動きを滑らかに描写するにはシャッタースピードをかなり遅くする必要があります。近景の速く動いて見える波は、それほどシャッタースピードを遅くしなくてもいいだろうと予想がつくでしょう。
NDフィルターには光をあまり通さない濃度の高いものから、薄いサングラスのように光を多く通す濃度の低いものまで種類はさまざまです。ND32000のように濃度が高いNDフィルターは、シャッタースピードを遅くできるため、被写体の動きが遅くても長時間露光で滑らかな描写の写真に仕上げることができます。
逆に同じND32000を使って動きの速い波しぶきなどを撮影すると、波の動きが感じられないフラットで平面的な描写になってしまいます。NDフィルターを使うときは、みなさんが表現したい写真とマッチしているかどうか、シャッターを切る前に被写体の動く速さを確認することが大事ですね。
次の作例を見て、どのような観察と判断があったのか見てみましょう。
NDフィルターなしSS:1/30秒 F値:11 ISO:100 焦点距離:35mm(35mm判換算)
NDフィルターあり(ND2000使用)SS:30秒 F値:11 ISO:100 焦点距離:56mm(35mm判換算)
撮影現場で、目で波の動きを観察していると、岩に打ちつける波と白い泡が複雑に渦巻く様子が見て取れました。このような速く動く波を被写体に、1分を超えるような長時間露光で撮影すると、真っ白でフラットな写真になるだろうと予測しました。一方で、数十秒程度(この写真の場合は30秒)くらいだと、波の動きと細部を残せると判断してND2000を選択しました。露光時間が長ければいいというものではないということですね。
実際にNDフィルターをつけて撮影した写真を見ると、波が渦巻いている様子や、波が岩にぶつかってさまざまな方向へ動いたであろう様子を写し出すことができています。このとき、動かない岩にピントがしっかり合っていることが重要です。静的な岩がシャープに写ることで、動的な波が相対的に描写されて、波の動きが強調されています。
海には沖合の広い水面もあれば、岩場や入江のように狭い場所もあります。水の流れや動きが複雑な場所で濃いNDフィルターで撮影するとフラットで幻想的な仕上がりになりやすいですが、波を動的に見せたい、動きの細部を描写したいというときには、シャッタースピードを遅くしすぎないようにするとよいでしょう。描写は水が動くスピードによって変化するため、2秒、8秒、15秒あたりで試し撮りをするとよいでしょう。
上の作例では、フラットで幻想的な表現よりも、岩が波や風の動きによる浸食で形成された時間的な流れを想像してもらうために、波の動きを表現しています。まずは被写体を観察し、自分がどのように表現したいのかを考えてからフィルターを使うことで、フィルターがただの道具ではなく、表現に繋がる重要なツールとして昇華していくのだと思います。
現場の明るさを観察してNDフィルターを検討する
前述した通り、シャッタースピードをコントロールするということは、波などの被写体の動きだけではなく、「時間帯」についてもあわせて確認する必要があります。言い換えると、その撮影場所の明るさをよく観察する、ということです。
ただ単純に、「波の動きをちょっと残したいから、ND2000を使うんだな」という発想だと、たとえば朝日が昇る前の時間だとすると、同じシャッタースピードでも光量不足になってしまう可能性があります。朝に関して言えば、NDがなくてもスローシャッターになりやすい環境にあるので、NDフィルターなしでも十分な場合があります。逆に、とにかく波をフラットに、幻想的に表現したいということであれば、朝日が昇る前でもND1000や2000を使って超スローシャッターにしてもいいかもしれません。
大事なことは、海というシチュエーションで撮影するときに、波の動きやディティールを残したいのか、それともフラットにしたいのかなど自分がどのような表現にしたいのかを考えた上で、被写体の動く速度や明るさを確認し、自分の表現に近づけるためのシャッタースピードをイメージして、NDフィルターの濃度を考えるという一連の流れを意識する、ということだと私は思います。
応用編
高濃度NDフィルターの魅力
基本編の解説でND32000という超高濃度のNDフィルターに少し触れましたが、みなさんは「ND32000ってどんなフィルター?」と思ったかもしれません。
滝や川などの動きがわかりやすい被写体でしたら、ND8やND16などの低濃度NDフィルターで撮影しても水の動きが滑らかな写真が撮れますが、海の上空に浮かぶ遠景の雲のような、目で見ると止まっているように見える被写体の動きを滑らかに写すためには、シャッタースピードを大幅に遅くして撮影する必要があります。そこで、ND32000などの高濃度のフィルターを使えば、今まで撮る対象ではなかった被写体の状況(止まって見える海の遠景など)も撮影対象となり、表現できる写真の幅が広がるのです。
高濃度のNDフィルターというとND1000を使う方が多いようですが、一見、濃く見えるND1000でも、夏の昼間などの光量が多い場面では意外とシャタースピードが遅くならず、人の目を惹きつける驚きのある表現というものができなかったりします。同じように晴れたシーンでも、ND32000を使うことで、1分、2分といった露光時間で撮影することができるようになります。
海の撮影においても、今までは「遅い動きを表現に取り込むのは難しい」と判断して撮らなかった状況でも、あらたな表現にチャレンジできるのはND32000などの高濃度NDフィルターを使う大きなメリットです。
では、実際にND32000で撮影した写真を見てみましょう。光量が多いためフィルターなしで撮影すると高速シャッターになるような撮影環境です。
NDフィルターなしSS:1/500秒 F値:11 ISO:50 焦点距離:135mm(35mm判換算)
NDフィルターあり(ND32000使用)SS:82秒 F値:16 ISO:50 焦点距離:135mm(35mm判換算)
私が風景の撮影で大事にしていることの1つが、撮影前に調べすぎないことです。特定の場所の特定の時間で撮影すると予定調和な写真になりやすく、綺麗だけどつまらない…と感じます。それよりも、移動をしながら撮りたい被写体や状況にたまたま出会い、雲や光の状況、目で見たら眩しいシーンなどを観察して、目の前で展開するその場限りの風景に集中して被写体を捉えるようにしています。
上の写真は相模湾の向こうに伊豆半島が見えている光景です。NDフィルターを使わずに速いシャッタースピードで撮影した写真は、海のディティールが強調されているような印象の写真になっています。
「日本で見れる地球の表情」という視点に基づいて、ゆるやかな地球の時間の流れを意識して撮影しようと思うと、速いシャッタースピードでは海面のディティールが写るため、ゆったりした動きや光は表現しにくいという印象を持ちました。実際、このときに私が感動したポイントは2つあります。
1つは潮の動きです。手前の方が左に向かって、沖の方は右に流れていました。この背後に惑星的な力を感じ、撮りたいと思ったのです。もう1つのポイントは海面に反射してゆらめく「光の見え方」です。この感動を表現するために、ND32000を使って波のディティールを極力抑えて、写真で光が目立つように撮りたいと思いました。
撮影の現場は海からの強い反射の光があり、シャッタースピードを遅くするとすぐに露出オーバー。ND16のような低濃度NDフィルターを使っても効果はなく白とびしやすい状況です。このような光が強い環境でも、ND32000を使うことでセンサーに届く光量を抑えて、バルブモードによるスローシャッターで82秒の露光時間で撮影ができました。仕上がりの写真に、表現したい意図が現れているかどうかが最終的にOKとするかの判断基準になります。
露光時間の目安を算出できるアプリ
NDフィルター使用時に、「どれくらいの露光時間にすればいいの?」と悩む方が多いと思います。特にND32000のように超高濃度になるほど露光時間の計算も大変です。そこでおすすめしたいのが「NiSi ND Calculator」というスマートフォンアプリです。かんたんに言えばフィルターをつけない状態で一枚撮影して、それをもとにどれくらいの濃度のNDフィルターを使うとどれくらいの露光時間になるのかを計算してくれるアプリです。慣れてくるとアプリがなくても大まかな露光時間がわかると思いますが、もし露光時間の計算が煩わしい方はこのアプリを使ってみるのもよいかもしれません。
この画面は、NDフィルター装着前にシャッタースピードが1/320秒だったら、ND32000使用時の露光時間が1分42秒であることを意味します。
長時間露光の注意点
ND32000のような高濃度のNDフィルターを使う際により慎重になってほしいのが振動などの手ブレです。止まっているものはしっかり止めた上で動いているものを撮るのがNDフィルターの面白さであり醍醐味であるので、意図せず手ブレを起こしてしまうのは避けたいですよね。特に海で撮影する場合は、岩場などの不安定な場所に三脚を置いて撮影するケースもあると思うので、カメラがブレないように気をつけることが必要です。ここで三脚使用時の気をつけるポイントについても触れておきましょう。三脚はカメラを固定しておくためのものですが、それでもブレるときはブレますし、特に露光時間が長くなればなるほどブレが発生しやすくなります。それはなぜでしょうか? 理由としては、以下の3点が原因である可能性が高いです。
——決定的瞬間を動画の切り出しで提示できる時代だからこそ、長時間露光は写真ならではの表現として残っていく気がします。
そうなんですよね。この表現ができるのは写真だけ。それには時間表現の扱い方がすごく大事で、NDフィルターの効用が僕の中で非常にプラスになっています。ND32000が使えるようになってから、想像力がさらに刺激されるようになりました。
- 風で三脚とカメラが煽られている
- 近くで車が走っている
- 撮影者自身が三脚の周りをうろうろしている
知らない間に三脚に身体が当たっている、なんてことにも注意が必要ですね。また、NDフィルターを使った長時間露光をする際には、三脚選びにもこだわるとよいでしょう。脚が細いアルミ製の三脚はあまりおすすめしません。トラベル三脚なんかも軽くて持ち運びに便利で耐荷重もものによっては一見優れて見えるのですが、実は脚が細かったりするので、これも長時間露光撮影にはおすすめできません。ご自身が使われているカメラとレンズの重さを測って、それに応じた耐荷重性能をもつ三脚を選ぶようにしましょう。たとえば、カメラとレンズが2キロぐらいだとしたら、4キロ以上の耐荷重の三脚を使う、のようなイメージです。
ちなみに、一眼レフカメラをお使いの場合は、ミラーショックでも手ブレを起こすことがありますので、事前にミラーアップに設定しておくとよいでしょう。また、忘れてはならないのがバッテリーです。長時間露光をしていると、思いのほかバッテリーを消耗します。予備のバッテリーを用意しておくと安心です。
おわりに
海は動くものが多い場所です。だからこそ積極的にNDフィルターを活用してみましょう。最初の1枚として選ぶ濃度はND8やND16、濃くてもND64などを選んでしまいがちですが、ND32000のように濃度が濃くなればなるほど、これまで被写体としてこなかったものが被写体となり、自分の表現の幅が広がっていくと思います。高濃度NDフィルターは、最初は扱いが難しいかもしれませんが、ぜひトライしてほしいと考えています。
GOTO AKI
1972年 川崎市生まれ。1993年の世界一周の旅から現在まで56カ国を巡る。風景撮影に自然科学の視点とスナップ撮影の手法を取り入れ、新たな日本の風景写真を生み出している。2015年「キヤノンカレンダー」にて第66回全国カレンダー展日本商工会議所会頭賞受賞。2019年「terra」(写真展/キヤノンギャラリーS ・写真集/赤々舎 )にて、2020年日本写真協会賞新人賞受賞。武蔵野美術大学造形構想学部映像学科・日本大学芸術学部写真学科 非常勤講師