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スローシャッターで印象派風景写真を撮る

ドクター・リン (淩嘉偉/Kah-Wai Lin)

スローシャッターで印象派風景写真を撮る

撮影:Kah-Wai Lin / Painted Hills, John Day Fossil Beds National Monument (米、オレゴン州) / 解説は本文・写真13へ

印象派写真(Impressionist Photography)というジャンルをご存知でしょうか? その歴史は古く、19世紀に写真を芸術としてとらえてゆく流れの中で、絵画の印象派に影響されて生まれた写真表現です。それを科学者であり、風景写真家であるドクター・リン氏が、様々な被写体の作例と共に、撮影のコツを解説します。

目次

印象派写真の生い立ち

印象派写真の撮影テクニックを語る前に、まずは絵画に始まった印象派の表現がどのようにして写真に転じたのか、印象派の歴史を駆け足で振り返ってみよう。歴史を知ることで創作意欲がさらに駆り立てられるに違いない。

印象派の画家、クロード・モネ(Claude Monet)

まず、絵画における印象派の代表といえばクロード・モネ(Claude Monet)。モネはフランスが生んだ印象派の代表的画家であり、その芸術運動の旗手だった。当時の画壇の古い画風に反旗を翻し、絵画は「光と影を生かして自然の視覚的印象を表現し、伝えることだ」と提唱。中でも最大の特色は、陰影と輪郭線の描きかたで、モネの描きだす作品の特徴は明確な陰影や輪郭線が見えないことだった。更に、モネは色使いが非常に繊細で、光の変化に対応する色彩への深い洞察が作品に現れている。モネは長年光と影、色彩と雰囲気の表現効果を模索し続け、異なる時間帯と光線の条件下で、同じ題材を何枚も描き、光と色の変化する瞬間を捉えようとした。

印象派写真の源流となった3人の写真家

印象派写真(Impressionist Photography)はその名の通り、印象派絵画からインスピレーションを得て誕生した写真表現と言える。その背景には、写真を単なる被写体の複写ではなく、絵画と同じように芸術としての社会的地位を確立しようという、ピクトリアリズム(絵画主義)の潮流があった。この時代の写真に大きな影響を与えた3人の写真家を紹介したい。

ヘンリー・ピーチ・ロビンソン(Henry Peach Robinson)

Fading Away, a combination print by Henry Peach Robinson

Fading Away, a combination print by Henry Peach Robinson / Public domain 5枚のネガから合成した写真は当時物議を醸し出した

構図や明暗表現などの絵画の手法を積極的に写真に取り込み、複数のネガを合成して1枚の写真にする合成印画法(Combination Printing)を確立するなど、写真の芸術性を追求したイギリスの写真家。彼の著書「写真における絵画的効果 」(Pictorial Effect in Photography)はその時代の写真表現に大きな影響与えた。「軟調な写真の方が硬調よりも美しい」とする当時の写真に対する美的感覚の形成や、撮影者の主観を写真に表現しようとした点など、印象派の絵画の影響を大きく受けている。

ピーター・ヘンリー・エマーソン(Peter Henry Emerson)

At Plough, The End Of The Furrow, Peter Henry Emerson, 1887

At Plough, The End Of The Furrow, Peter Henry Emerson, 1887 / Public domainエマーソンが提唱した「差異的焦点化」(differential focusing)と呼ばれる軟焦点描写。馬に焦点が当てられ、背景はぼんやりとぼかされている。

『自然主義写真』(Naturalistic Photography for Students of the Art)を発表し、ありのままの日常を絵画的な構図と軟焦点描写をもちいて写真の芸術性を追求した自然主義の写真家。「人間の視覚はその中心部分は鮮明だが、周辺は焦点がぼやける」という視覚の生理学的な知見に基づいて、人間が被写体から得た印象を実現するためには、写真は必ずしも隅々までクリアである必要はなく、主体の描写さえ鮮明ならそれで良く、その方がむしろ自然な効果が得られると主張した。このような人間の眼の在り方を反映した描写方法は印象派の絵画においても盛んに取り入れられていた。

ジョージ・デイヴィスン(George Davidson)

The onion field 1890, George Davison (1854-1930)

The onion field 1890, George Davison (1854-1930) / Public domain 印画紙に目の荒いキャンバスが使われていることがわかる。

ロンドン・コダックの取締役でもあったジョージ・デイヴィスン(George Davidson)は、エマーソンの「自然主義写真」に大きな影響を受けた写真家の一人。エマーソンの焦点理論を発展させピンホールカメラを使って焦点の差異を強調した。「印象」を表現する試みは撮影のみに留まらず、目の荒い印画紙を使ったり、様々なピグメント印画法の実験がなされたのもこの頃、あらゆる手法で自然から感じる印象の本質を写真に表現しようと試みた。ピクトリアリズムの特徴である、独特のやわらかさと美しさを作り出した彼の試みは多くの写真家の関心を呼んだ。印象派写真にはある種のロマンティックな雰囲気があり、見る者の想像をさらにかきたてた。

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イーストマン・コダック社が発売した「Vest Pocket Kodak」日本にも輸入され高い人気を博した。

参考:

デジタル時代の印象派写真

デジタル時代になり、印象派の写真は往年の写真界に起こしたほどの衝撃と論議は呼ばないが、それでも多くの写真家が長年、さまざまな撮影テクニックとレタッチ技術を駆使して、印象主義を光と影の瞬間表現の手法として取り入れてきた。まさにモネの主張のように、撮影の情景を抽象化し、作品の陰影と輪郭線をぼかしたのである。はっきりとした陰影も輪郭線も見せないことで、鑑賞者の注意を作品中の光、色彩、構図、模様、線などの要素に集中させ、空想を掻き立てる試みをしてきたのだ。

参考:The Photo Impressionism Project
 カナダの写真家 Stephen D’Agostinoによる印象派写真のサイト。様々な作例やチュートリアルなど、デジタル時代に印象派写真を撮るためのインスピレーションを与えてくれる。

スローシャッターパンニング撮影の手順

さて、ここからは、印象派写真を撮る方法を紹介しよう。
印象派写真を上手に撮るための鍵は、適切な被写体の選択と、鮮やかな色彩、くっきりと美しい光線があることだ。撮影方法は様々だが、最も一般的なのは露光時間を伸ばし、水平または垂直方向にカメラを直線的に動かす「スローシャッターパン二ング撮影」と呼ばれる手法。
この種の撮影方法は、線と形、あるいは色が主役となる場面に適している。画面の中の被写体はカメラの水平の動きにより、水平方向に変形し、横方向の線となって表現される。このような水平方向の移動(パン)撮影は、例えば海浜で最もよく使われる。これとは逆に、もしカメラを垂直方向に移動(チルト)すれば垂直の線が現れるが、これには樹林のような垂直に伸びる被写体がモチーフとしてよく選ばれる。

撮影の手順

  • カメラをシャッタースピード優先モード、またはマニュアルモードでシャッタースピードを1/20秒から2秒の間に設定する。明る過ぎてシャッタースピードを遅く出来ない場合は、3段〜6段のNDフィルターを使って減光しシャッタースピードを遅くする。
  • シャッターを切る前に、半押しでピントを合わせ、水平または垂直方向に一定の速度でカメラを動かし(パンニングを)始めると、スムースな動作が可能となる。
  • パンニング(カメラを動か)しながらシャッターを切る。
  • 撮影結果を確認しながら、次の項目の条件をいろいろ変えてみる。
  • 焦点距離:広角〜望遠
  • シャッタースピード:1/20〜2秒程度
  • パンニング方向:水平方向なら左から右、右から左、または左右に往復させる。垂直方法なら上から下へ、下から上へ、または上下に往復させる
  • パンニングの幅:小刻みに小さく動かす〜大きく動かす
  • パンニングの速度:ゆっくりと動かす〜早く動かす

– 海景の印象派写真 –

以下写真撮影:Kah-Wai Lin

写真1

写真1は米国ニュージャージー州ベルマー(Belmar)ビーチでのスローシャッターパンニング撮影の作品。たいていの砂浜のラインは横方向なので、水平にパンさせて撮影することで、どんな砂浜でも独特な印象派写真が出来上がる。
海岸の印象派写真の成功の秘訣は、鮮やかな色彩、美しい光線があること。夕焼け空のオレンジと海の青に加えて、画面中央の白い帯は、波のうねりが残した痕跡で、これがあることでさらに一つ写真に面白みが加わっている。

写真2

写真2:Spring Lake(米・ニュージャージー州)  Canon 5D III, Canon 24-70mm @ 70mm, f/18, ISO 100, 1.3秒

写真3

写真3:Spring Lake(米・ニュージャージー州)  Canon 5D III, Canon 24-70mm @ 70mm, f/22, ISO 100, 1/3秒

写真4

写真4:Spring Lake(米・ニュージャージー州)  Canon 5D III, Canon 24-70mm @ 24mm, f/16, ISO100, 1秒

写真2、写真3と写真4はいずれも米国ニュージャージー州のスプリング・レイク(Spring Lake)の浜辺で撮影したもの。たとえ同じ場所でも、撮影時間、光線、雲の層、波の違いでそれぞれ個性のある別物の写真になることがわかる。
写真2は日の出直後のゴールデンアワーに逆光で撮影したもの。この日は雲が多く、空と波は太陽と同じ方向にあったため、色彩が濃く表現され、あたかも油絵の画筆を横方向にストロークして描いたような作品に仕上がっている。
写真3は日没後のブルーアワーに順光で撮影したもの。雲の層はそれほど厚くなく、太陽を背にしているため、空と海面の色は比較的淡く透明感があり、写真1の濃厚な色彩とは全く別の印象を与える写真となっている。写真4はズームレンズを広角側にして、黄褐色の砂浜をフレームインしたため、さらに色彩(茶色)と質感(砂)が写真に加わり、先の2枚とはまた違ったイメージとなっている。
夕暮れ時の海辺でパンニング写真を撮ると、寒色系の海面と空の間に一筋の暖色が加わり色彩の幅が増すため、写真が単調になることを防げる。このように、同じ波打ち際で撮った写真も、時間や光の具合で異なる写真となり、まさにモネの手法とよく似ている。モネの印象派絵画は異なる時間と光の条件下で、同じ対象を何枚も描くことで、大自然が醸し出す光の変化の瞬間を捉えようとしていた。

– 森林の印象派写真 –

写真5

写真5:Manasquan Reservoir County Park (米・ニュージャージー州)  Canon 5D III, Canon 100-400mm @ 180mm, f/11, ISO100, 1/5秒

写真6

写真6:Manasquan Reservoir County Park (米・ニュージャージー州)  Canon 5D III, Canon 100-400mm @ 200mm, f/7.1, ISO100, 1/13秒

樹木のラインは縦方向なので、垂直にチルトシフト撮影することで、上手く抽象化することができる。この時注意したいのは、木と木が適度な間隔で離れ、お互いに重ならないように撮影アングルを注意し、それぞれのラインをはっきりさせることが重要だ。アングルが悪いと、木と木が重なりあい一つの面に見えてしまうからだ。
写真5は早朝に逆光で撮影した1枚。寒色から暖色に変わる際の深みのある色調が画面全体に生命力を与え、視覚的な印象効果を強めている。仮にこの写真を昼間の時間に撮影した場合、背景には色彩がなく、樹木の陰影だけが並ぶつまらないものにしてしまうだろう。他の場面と同じように、ここでも撮影の際にはいろいろ設定や撮影方法を変えてみてほしい。そうすれば時には予想もしなかった収穫があるかもしれないし、そこがこの撮影方法の面白さでもある。
写真5と写真6は同じ場所で撮影している。写真6では広角レンズを使い、湖面から空まで広く取り込みトーンを増やしている。印象派写真において広い画角を使う場合は、背景に余計なものを入れずシンプルにできるかどうかに気をつけたい。カメラを動かしながらの撮影は線が強調されるので、なるべく要素を少なくしないと乱雑な写真になってしまうからだ。

– リフレクションの印象派写真 –

写真7

写真7:Manasquan Reservoir County Park (米・ニュージャージー州)  Canon 5D III, Canon 24-70mm @ 70mm, f/22, ISO 100, 6秒, 3段減光(ND8)

写真8

写真8:Merrill Creek Reservoir(米・ニュージャージー州)  Canon 5D III, Canon 24-70mm @ 70mm, f/22, ISO100, 1/10秒

写真9

写真9:Goshen Pond, Wharton State Forest(米・ニュージャージー州)  Canon 5D III, Canon 24-70mm @ 70mm, f/22, ISO 100, 1/20秒

印象派写真に向いているもうひとつの被写体がリフレクションだ。ありふれた道端の水たまりにも、湖や川の水面、海面にもシャッターチャンスがある。滑らかな表面でも、波立つ水面でも、とてもユニークな印象派写真を創作することができる。
リフレクションを撮影するとき、水面の波立ちが大きくて作画に影響するようなら、NDフィルターで減光し、シャッタースピードをさらに長くして、水面のさざ波を滑らかに写すと、より映り込みがクリアになるだろう。写真7は3段減光のNDフィルター(ND8)を使い、絞り込んでシャッタースピードを6秒まで伸ばして撮影している。夕暮れ時の空と木枝の映り込みが綺麗で、十分に印象的だったので、この時はカメラを意図的に動かさずに撮影した。
チルト方向だけではなく、パン撮影にも動かしてみよう。リフレクションの具合によってパン撮影かチルト撮影が良いかを判断し、影の輪郭をぼかしながら撮影すれば、まるで油絵の画筆で描いたような作品が出来上がるだろう。
写真8と写真9は湖面で垂直方向へチルト撮影を試みたもので、枯れ枝が細長い線となり、写真に詩的な雰囲気と想像空間を与えている。

写真10

写真10:Delaware & Raritan Canal State Park (米・ニュージャージー州)  Canon 5D III, Canon 24-70mm @ 70mm, f/10, ISO100, 0.8秒

写真11

写真11:Delaware & Raritan Canal State Park (米・ニュージャージー州)  Canon 5D III, Canon 100-400mm @ 100mm, f/14, ISO100, 1秒

私が印象派写真をやり始めた当時は、近くの州立森林公園へよく練習に行ったものだ。ある日、ちょうど上から下に向かってカメラを動かそうとしたとき、突然吹きつけてきた冷たい風に、身体がぶるっと震えてしまった。手ぶれが加わって撮れた写真を見ると、なんと意図して動かした撮影よりも印象派画家の筆使いに近いものがあった。写真10と写真11が、その時の手ぶれで撮影した作品である。写真11は私にとって大変意味深い一枚で、意図しなかった偶然の結果が、ニュージャージー州のフォトクラブ主催のコンテストで銅賞を獲得することになった。
振り返ってカメラをぶらす撮影効果を分析してみて分かったのは、自然な手振れのようなごく小幅なブレは、被写体の輪郭をぼかしつつも、構図や色彩などの要素を残すことができていたのだ。この経験から、小刻みにカメラをぶらす方法で、構成要素の多い景色でもその原形の雰囲気を残しつつ、抽象化表現にすることができると気づいた。ごく小幅のブレでカメラを揺らしながら何度も撮影を重ねた結果、構成要素の多い複雑な景色においても印象派撮影技法を応用することができることがわかった。

– 大地の印象派写真 –

写真12

写真12:東川の赤い大地(中国雲南省)  Canon 5D III, Canon 100-400mm @ 100mm, f/16, ISO100, 0.6秒

写真12は中国雲南省の東川の赤い大地(紅土地風景区)で撮影したもの。土の中に鉄とアルミニウムの成分を多く含むため、目も眩むような赤色の大地を生み、さらに様々な農作物がひとつひとつ違った色の帯を形成し、とても壮観な風景だ。ある日の夕方の時間帯に、私はこの地域のとある場所を訪れた。その日は鮮やかな夕日は見られなかったが、目の前に広がる景色はそれでも大変美しかった。
色彩と形のはっきりした部分、つまり赤い大地、浅黄色の作物と緑の草地の部分の配置を考えながら慎重に構図を選んだ。西日が強かったので、NDフィルターをつけて露光時間を2秒まで落として撮影を始めたが、期待どおりの結果が得られず、撮影方法をいろいろ変えてみた。カメラを動かす速度、カメラの方向、左へ、右へ、あるいは左右に振ったりしてみた。最後にこの作品、シャッタースピード0.6秒、左右に小幅に振ったものが最良の結果となった。小幅にカメラを動かす方法は、被写体の輪郭が抽象化されるものの、それが何であるか認識するのに十分な情報が残されるため、ここが赤い大地だとすぐにわかる。

写真13

写真13:Painted Hills, John Day Fossil Beds National Monument(米、オレゴン州)  Canon 5D III, Canon 100-400mm @ 120mm, f/32, ISO 100, 1/3秒

写真13はアメリカ・オレゴン州のペインティング・ヒルズで撮影。ペインティング・ヒルズは太古の時代の頻繁な火山の噴火と気候の急激な変化により、火山灰中のミネラル分や植物由来の有機物がこの山地に幾層もの美しい色彩の条紋を描き出している。この作品は長焦点レンズを使い、絞り込んで露光時間を1/3秒まで伸ばし、シャッターを切る直前からシャッターが切れるまで、カメラを小刻みに振っている。フレーミングの際には、色彩と線が多い部分を選んでいる。赤、茶、黒の筋があり、遠くに草地、農地と平原が広がっている。この場面を撮影するときにも、様々な撮影法と設定条件を変えながら何度も撮影を試みた。
シャッタースピードを変え、カメラの振り幅や回数を変え、数十枚撮影してようやくこの一枚が撮れた。この写真をメインにした印象派写真作品集が、アメリカの国立公園局から2016年度「Artist-in-Residence, Petrified Forest National Park」に選ばれ、アリゾナ州の化石の森国立公園へ1ヶ月間の撮影旅行に招待されたのである。

– 花の印象派写真 –

写真14

写真14:デューク・ファームDuke Farm(米・ニュージャージー州)  Canon 5D III, Canon 100-400mm @ 380mm, f/22, ISO100, 1/4秒

写真15

写真15:ロングウッド・ガーデンLongwood Garden(米・ペンシルバニア州)  Canon 5D III, Canon 100-400mm @ 180mm, f/13, ISO100, 0.6秒

写真16

写真16:ロングウッド・ガーデンLongwood Garden(米・ペンシルバニア州)  Canon 5D III, Canon 100-400mm @ 180mm, f/22, ISO100, 1/8秒

写真17

写真17:ロングウッド・ガーデンLongwood Garden(米・ペンシルバニア州)  Canon 5D III, Canon 100-400mm @ 180mm, f/3, ISO100, 1/2秒

花も印象派写真の創作対象によくなる被写体だ。写真14は上下垂直にカメラを小幅に振って撮影したもので、ひまわり畑を油絵のように表現した印象派の作品だ。写真15と写真16は左右水平に小幅にカメラを振って動かしたもので、それぞれ個性的な表現となった。
水平にパン撮影をする以外にも、ズーミングによるぼかしの手法も効果的だ。例えば写真17は、スローシャッターに加えて、マニュアルフォーカスでレンズを操作し、シャッターを切ってからズームリングを回し、ファインダー内の像をぼかしている。成功のコツは、ズーミングのスピードと方向にある。最適のぼかし効果が出るまで同じ場面で何度も試し撮りして感覚を養おう。

写真18

写真13:Painted Hills, John Day Fossil Beds National Monument(米、オレゴン州)  Canon 5D III, Canon 100-400mm @ 120mm, f/32, ISO 100, 1/3秒

写真13はアメリカ・オレゴン州のペインティング・ヒルズで撮影。ペインティング・ヒルズは太古の時代の頻繁な火山の噴火と気候の急激な変化により、火山灰中のミネラル分や植物由来の有機物がこの山地に幾層もの美しい色彩の条紋を描き出している。この作品は長焦点レンズを使い、絞り込んで露光時間を1/3秒まで伸ばし、シャッターを切る直前からシャッターが切れるまで、カメラを小刻みに振っている。フレーミングの際には、色彩と線が多い部分を選んでいる。赤、茶、黒の筋があり、遠くに草地、農地と平原が広がっている。この場面を撮影するときにも、様々な撮影法と設定条件を変えながら何度も撮影を試みた。
シャッタースピードを変え、カメラの振り幅や回数を変え、数十枚撮影してようやくこの一枚が撮れた。この写真をメインにした印象派写真作品集が、アメリカの国立公園局から2016年度「Artist-in-Residence, Petrified Forest National Park」に選ばれ、アリゾナ州の化石の森国立公園へ1ヶ月間の撮影旅行に招待されたのである。

平凡な景色や被写体が、身を震わせるような大作に

結論からいえば、印象派写真にはこれといった定義はないし、決まった撮影方法も存在しない。ただひたすら実践と挑戦を続けることが上達への道だ。それだけ多くの時間を割いて、色々な撮影テクニックを試していれば、ひょっとすると新しい表現手法が見つかるかもしれない。周囲の風景をよく観察し、まだ未発掘の素材やテーマがないか頭の中で思いを巡らしてみよう。被写体の元の姿に縛られず、その輪郭、線や色彩に心を集中させ、印象派表現に適した被写体になるかどうか考えてみよう。
一見面白みのない平凡な景色や被写体が、ぶるっと身を震わせるような大作に変身するかもしれないのだ。自分の撮った作品をよく分析して、どうしたらテクニックをもっと磨けるか考えてみよう。あるいはたくさんの印象派の絵画作品を鑑賞してみることで、インスピレーションを得られるかもしれない。創作には終わりはない。広い視野と発想の柔軟さがあれば、いずれあなたにもこれまでとは違った世界が開けることだろう。


淩嘉偉 Kah-Wai Lin

Kah-Wai Lin