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長時間露光の流儀 vol. 3 アキラ・タカウエ

長時間露光で構造物だけの世界を鮮鋭化させる写真表現

長時間露光の流儀 vol. 3 アキラ・タカウエ

Nikon D810 + AF-S 24-70mm f/2.8G ED / 2分30秒 x 5枚 F8 ISO64 / ND1000 + ND64 パノラマ雲台を用いた縦構図撮影5枚をステッチング

数分、数秒という時間の流れを1枚の写真に閉じ込める「長時間露光」は、スチール撮影ならではの表現技法。カメラを通して初めて目の当たりにできる神秘的な世界と向きあい、それを独自の表現方法として操る写真家の思考を紐解いていきます。第3回は、建築・土木構造写真家として世界的に高い評価を受けているアキラ・タカウエさんに話を伺ってみました。

目次

自身のプロフェッショナリティを写真で表現する

——世界的に高い評価を得る写真を数多く発表しているタカウエさんですが、写真を始めたのは社会人になってからとお聞きしています。
そうですね。もう20年以上国内外の、橋梁や建築構造の計画・設計そして建設に携わっています。そんな人間が写真と何の関係があるんだ? ということになりますが、これが密接に関係があるんですね。構造物が出来上がっていく過程で、検査写真や、出来上がったあとの竣工写真、広告用の写真撮影を依頼されたりします。ですから、写真撮影は業務の一部なんです。なくてはならないんですね。

作例

Nikon D810 + AF-S 14-24mm f/2.8 ED / 450秒 F8 ISO100 / ND1000 + ND64

——でも、いきなりこんな写真は撮れないわけで、どうやって技術を培ってきたんでしょうか。
まず、とにかく撮っていましたよね。’90年代から現場があるときはほぼ毎日、写ルンですだったり、当時発売されたばかりのデジタルカメラも使って、検査写真から竣工写真まで撮りまくっていました。若い頃は設計と現場の往復を数多くこなしていたので、空間領域の理解と二次元図面との整合性というものがどんどん身に付くわけです。それでカメラと画角の関係、カメラの性能や機能の位置づけというのを日常の中で把握することができてきたため、記録写真撮影であったとしても学びを得ていたと思います。
——たしかに、平面から立体にするお仕事なわけですから、構図の取り方とかは練習をしなくても身についていたんですね。
構図だけではなくて、たとえば、とあるホテルを撮ろうとしたとき、右側にある雑踏ビルが都市計画における用途地域に関する区分としてそのホテルとは関係しないものだから撮っても意味がないな、などと思って画角から整理してしまったりするわけです。そうした写真だと、その分野の方々にも理論的整合性があるため見ていただいても違和感がないですし、都市計画における1つのモチーフとしての意味も出てくるんですよね。
——もう、写真の思考が仕事をもとにしていますよね。
近年は、自身の構造物に関するプロフェッショナリティというものを写真の世界で表現していくことも、新しい世界のプロフェッショナリティの表現なんだろうなとすごく思っていますし、写真専業のプロフェッショナルの方々にも理解していただいていることに喜びを感じています。

実験で突き詰めた構造物を主役にするという表現世界

——長時間露光の写真にインスピレーションを受けたエピソードはあるんでしょうか。
「カラーで見る東京の写真」というのが昔やっていまして、その写真では人が幻のように抽象化されているわけですよ。それは技法ではなく当時の機材の性能によるものなのですが、これは異空間表現の一部だなって思いましたよね。結果的に動いているものが抽象化されて、私が普段携わっている構造物の世界というものだけが浮かび上がっており、驚きました。そこで、NDフィルターというものがケンコーさんから販売されているのを見つけて撮ったのが最初でした。上手くいかなかったことも覚えています。
——出発点はやはり構造物を際立たせるにはどうしようかっていうところなんですね。
今、特に海外の建築写真に関するコンセプチュアル表現では、都市景観の中に人を入れることも多くなってきています。人が住むために都市はあるわけですから、至極当然のことなのですが、相反するコンセプトとして人のいない都市を、それもCGのように加工して表現するのではなくて、現場で処理する写真撮影における表現としての世界を1つ持っておきたい。それが私のコンセプチュアルシティースケープです。そのためにNDフィルターは必須。私にとって無くてはならないものですね。
——最初は上手く行かなかったとおっしゃっていましたが、具体的に教えてもらえますか?
そもそも、当時は自分がイメージしていた仕上がりの参考となるマニュアルのようなものがなかったので、露出とNDフィルターの濃度をなかなか合わせられませんでした。また、昔は当然一眼レフなので、ファインダーからのライトリークには悩まされました。しかも当時その原因になかなか気づけなくてですね、誰もやっていないから教えてもらうことはできないですし、そういったことが書いてある本も見つけられなくて困りました。風景写真では定番の、2秒ほど開けて滝の流れをなめらかにするという技法ではアイピースシャッターを閉じる必要がないんです。でも建築写真は基本的には昼間に撮りますので、ライトリークが大きな問題になりました。仕事柄、実験が大好きなので、そういった中でクオリティを上げていくために、独自の露出表を作ったのを覚えています。今となってはNiSi filterさんの角型フィルターを使えばフィルターからのライトリークは出ないですし、それこそミラーレスカメラでファインダーからのライトリークは無くなったので、本当に楽になりました。

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Phase One XF IQ4 + Schneider Kreuznach LS 40-80mm f/4.0-5.6 / 1/800秒 x 5分 F8 ISO100 Automatic Frame Averagingによる長時間露光表現

——今発表されている作品は、トライアンドエラーで自ら編み出したものなんですね。
私だけではなく、海外で「アーキテクチュラル・ファインアートフォトグラフィー」作品を発表されている方々も当初はそうだったと思います。建築や土木、いわゆる建物や橋だけをモチーフにしたアート写真ですね。15年くらい前に知って、その時に日本にはそういう分野がなかったので、海外のフォトコンテストに応募して作品の立ち位置を確認しつつこの分野のファインアートを醸成させてきたように思います。今では国際写真コンテンストで審査員などもさせてもらえるようになりました。当時は海外の方々と同時に競っていたようなところはあったと思います。お互いに良い表現だなぁ、どうやってるんだろう? という具合で刺激を貰って、表現をかなり突き詰めたところはありますね。そういう方々とはいまでも仲間で、instagrumやfacebookで繋がっています。本当に長いお付き合いになっています。

長時間露光×多重露光で抽象化とアクセントを調和させる異空間表現

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Nikon D810 + AF-S 14-24mm f/2.8 ED / 176秒 F8 ISO64 / ND1000 + ND64

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Nikon D810 + AF Zoom-Nikkor 70-300mm f/4-5.6G / 26.1秒 F5.6 ISO64 / ND1000

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Nikon Z 7II + AF-S 14-24mm f/2.8 ED / 149秒 F8 ISO64 / ND1000 + ND64

私が長時間露光で行う表現にはいくつかありまして、まず、背景を抽象化して構造物を際立たせるものです。背景と水を完全に抽象化するから、構造物だけが際立つ。摩天楼だけが天空に浮かび上がっているわけですね。面白い効果ですよね。

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Nikon Z 7II + Z 24-200mm f/4-6.3 VR / 8秒 F16 ISO200 / ND8

長時間露光で動体物に動きを表現して、それを背景のアクセントとして置くというのもあります。この写真がそうですね。

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Nikon 1 V1 / 8秒 x 7枚 F8 ISO200 / ND100 7枚から構成される多重露光

そして、抽象化とアクセントのダイナミック感を一体化したものがこの異空間表現です。
——こちらはどちらで撮られたものなのですか?
イスタンブールですね。これはイスタンブールを代表するモスクのスルタンアフメト・モスクの写真です。ただの長時間露光ではなく、実は長時間露光した写真を多重露光して重ねているんです。しかもカメラはNikon 1 V1。ミラーレスの走りみたいなカメラですけど、すごく解像していますよね。
——そもそもどういう状況下での写真だったんですか?
ちょっとレタッチで派手めに演出はしていますけど、ものすごい霧が出ていた朝でした。イスタンブールは霧がよく出るんです。それで、8秒開けて撮ったものを7枚多重露光しています。なんでこういうことをやろうと思ったかというと、最初30秒とかでやってみたら抽象化されすぎて真っ白になってしまったんです。どうにかして霧の形状が残せないものかと思って思いついたのがこの方法でした。所々にふわっとした雲が写ったりしてますよね? こういうのは一気に8秒×7の56秒開けた露光では絶対に出てこないんです。
——雲のストリームラインがめちゃめちゃかっこいいです。マニアックですね〜。おそらくPhotoshopでは難しい表現ですよね。
プロのレタッチャーにお願いすれば可能かもしれませんけど、ちょっとむずかしいでしょうね。こういうのを私は異空間表現と呼んでいます。この時は仕事先でたまたまおもしろいかなぁとおもってやってみただけなんですけど、最近こういう技法をまた使おうかなと思っています。

長時間露光で空気の揺らぎを抽象化する新表現

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Nikon Z 7II + Z TC-1.4x + Z 100-400mm f/4.5-5.6 VR S / 15秒 F16 ISO64 / ND1000

この写真は15秒の長時間露光を行っています。とりあえず15秒開けておこうというわけではなくて、まず、被写体まで約3.5km離れたところからNIKKOR Z 100-400mm f/4.5-5.6にテレコンバータを使って撮影をしているんです。そうすると、この写真は冬の日の朝に撮ったものですけど、太陽が上がってくると水平線のあたりの大気のゆらぎがでてきて、文字やディテールがギザギザに写るんです。この写真を自身の展示で使用するつもりだった中で、もちろんその揺らぎも一つの表現ですが、逆にこのギザギザを自然に抑えることはできないか、と思いました。そこで、長時間露光を使えば大気のゆらぎがぼやけて、それこそ蜃気楼のような表現になるんじゃないかと15秒開けて撮ってみたら、その部分はふわっとボケて、上の方にいくにつれてどんどん解像する写真になってくれました。空気のゆらぎにおける被写体のブレの抽象化。NDフィルターと長時間露光を使った新しい表現です。ただ、望遠レンズを使っているので撮るのは大変でした(笑)。

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Nikon Z 7II + Z TC-1.4x + Z 100-400mm f/4.5-5.6 VR S / 15秒 F16 ISO64 / ND1000

——中判ではなくフルサイズで、しかもNDフィルターを通してもこの解像度は驚きです。
使っているNiSi FilterさんのNDフィルターの性能が良いというのももちろんあります。NDフィルターを使うとせっかくのレンズ性能が台無しになっちゃうなんてことを言う人も少なくないですけど、今はまったくそんなことはないです。すごいですよね。船体の文字もしっかり解像されていますが、すこしだけボヤっとしていますよね? ギザギザになっていてもそれはそれで味があっていいんですけど、こういう方法で滑らかにすることができて、表現としてもすごく自然だと思うんです。
——ちなみにタカウエさんは、長時間露光でノイズキャンセルは行っているんですか?
私は、できるだけ構造物の解像を高めたいのでオフにしています。今のカメラはオンにしなくても余計なノイズは出ないですね。少なくともNikon Z系とPHASE ONEは。あと、空の階調がすごくなだらかに見えませんか? それもコンセプトの1つにしているんですけど、このとき、適度にノイズが乗っていたほうが、階調は崩れにくいです。また、プリント仕様かディスプレイ仕様かでノイズの量を変えたりもします。
——被写体の見せ方やクオリティの追求をお聞きしていて、建造物やそれに伴う都市景観というものを、ある種の偏愛と言えるほどに大切にされているんだと思いました。
そうかもしれません。やはり仕事柄、建造物を計画している方々の苦労と携わる方々の想いを熟知していますし、自分にとっての真のプロフェッショナリティーと意味を感じるものをしっかり撮ろうとなると、自然とこうなるんですよね。こうして仕事に関連しているからこそ、写真をここまで追求し続けられているのだとよく思います。これから海外赴任が増えていく予定なんですけど、行く先々の建築を撮ることが今から楽しみで仕方がありません。


アキラ・タカウエ Akira Takaue

アキラ・タカウエ