コンテンツに進む
MAGAZINE

長時間露光の流儀 vol. 2 米津 光

富士山の神秘性を引き出す長時間露光

長時間露光の流儀 vol. 2 米津 光

数分、数秒という時間の流れを1枚の写真に閉じ込める「長時間露光」は、スチール撮影ならではの表現技法。カメラを通して初めて目の当たりにできる神秘的な世界と向きあい、それを独自の表現方法として操る写真家の思考を紐解いていきます。第2回は、徳島を拠点に活躍する広告カメラマンであり、身近な景色を斬新な世界観で表現した風景写真を発表する写真家・米津 光さんにお話を伺ってみました。

目次

風景写真として撮らない、見せ方の追求

——本題に入る前に、まずは長年活躍されている米津さんの経歴についてお伺いしたいです。
そうですね、カメラを始めたのは15歳の時でしたが、広告カメラマンとして独立できたのは28歳になってからでした。高校時代に所属していた写真部には暗室と引き伸ばし機があったんです。昔から大きな写真に憧れていて、でも写真屋さんにお願いすると高いじゃないですか。でもここならそれが自分でできると思って、校長先生に土曜の夜から朝にかけて暗室を使わせてほしいって頼み込んだんです。そうしたら許可がもらえて、現像と引き伸ばしに明け暮れましたよね。最終的には暗室のキーの管理も任されてましたよ(笑)。これがあったから、写真により一層のめり込めたんだと思います。その後、大阪芸大の写真学科に進んだんですけど、主任教授の話を聞いたら4年間もやっていけないなぁと思ってすぐに辞めてしまって、地元でサラリーマンをしながら、趣味で写真を撮るような生活をしていたんです。

photo / Akira Yonezu

——そのときに独学で写真の勉強をされたんですか?
いやそれが、24歳のときに結核になってしまって一年間入院したんです。結核でしんどいのは熱が続いた一ヵ月くらい。その後は基本的にとにかく安静にするだけだから暇でしょうがないわけですよ。そうしたら、会社の先輩でカメラが好きな方がいらして、洋書の写真集とかをいっぱい持ってきてくれて、それこそ当時でも3万円くらいするような本とかを山のように貸してくれたんです。アマチュアの方では珍しく広告写真が好きな人で、「ART DIRECTORS’ INDEX TO PHOTOGRAPHERS」や「THE CREATIVE BLACK BOOK」や「VOGUE」とかをひたすら眺めてました。

photo / Akira Yonezu

——その時、印象に残った写真家はいましたか?
ヘルムート・ニュートン、アーヴィング・ペン、リチャード・アヴェドンとか、そういう系統です。いや〜かっこいいな、と。もともとは報道写真家になりたいと思っていまして、逆に広告写真のことはあんまり良く思ってませんでした。金儲けのための写真撮るなんてしたくない、とかね。若い頃の話です。結局、語学が苦手で諦めて、学校も辞めてしまって、でも働かないといけないから地元の会社に就職したら結核になって、そうしたらこんなカッコイイ広告写真に出会ってしまった。これはライティングがカッコイイんだな? ということには気づくんですけど、今みたいにネット環境もないので本に載ってる広告写真を参考に、60wの勉強机のライトでひたすら勉強しましたよ。お茶碗にご飯を盛って、どこにライトを当てれば一番かっこよく見えるかな? っていうのを試していました。
——改めて学校に行くとか、カメラマンに弟子入りするという選択はしなかったんですね。
当時、地元の徳島に広告カメラマンなんていませんでしたし、都会に出てそうするのが一番の近道だとはわかっていたんですけど、人と同じことをやりたくないなと思って。それから1、2年くらいして、小さいものであればこれぐらい撮れたらいいのかなって思えるくらいになれたので、今の仕事をスタートさせました。
——そこから風景写真を始めようと思ったのはいつからですか?
2003年くらいでしょうか。ある日、出張で日光のほうへ行ったんです。たまたま台風がきていて、中禅寺湖の北にある金精峠(こんせいとうげ)を走っているとき、雨が降って霧が垂れ込めた風景がかっこいいなと思って、車を停めて撮ったんです。ホテルに帰ってその写真を見たら、その後に何度見返してもカッコ良いんですよ。キレイな風景写真っていうものには興味がなくてそれまで撮ってこなかったんですけど、こういう自分がカッコイイと感じた風景なら記録して残してもいいかなって思ったのが始まりなんです。
——たしかに米津さんが撮る風景写真は風景っぽくないというか、広告写真のようなデザイン性のあるものになっていますよね。撮り始めたころとの違いが知りたいです。
それは最初からかなり意識してましたよ。広告写真でも、カッコイイ商品はストレートに撮ってもカッコイイんですけど、ライティングを駆使して違う見せ方ができるわけです。風景もそうなんですよね。そのまま撮ったらそれで終わっちゃいますけど、崩れるか崩れないかギリギリの構図にしたり、無駄を省いたりして突き詰めていくと、さらにカッコイイものができることに気がついたんです。風景を撮っているんだけど、風景写真を撮っている意識はまったくないんです。

半世紀で常用技法として身についた長時間露光表現

photo / Akira Yonezu

——そこから、長時間露光を取り入れようと思っていた時期っていうのはいつごろからなんですか?
それは最初からありました。金精峠での写真は車の窓をちょっと空けてその間から撮っただけだから手持ちだったんですけど、風景を撮ろうと決めてからは初期の頃から長時間露光をやっていましたね。
——つまり、長時間露光を風景に取り入れたらどう効果を生み出すか最初からわかっていらしたんですね。
長時間露光自体、僕は15歳のころからやっていましたよ。当時まだ走っていた蒸気機関車を岡山まで撮りに行ってたんです。今でいう「撮り鉄」ですよね。蒸気が際立つ冬の寒い時期に岡山駅まで向かって、夜中は周辺で過ごして、明るくなったら写真を撮って徳島まで帰る、みたいなことをしてました。それで夜中に駅で過ごしていたら蒸気機関車やディーゼル機関車が停まったまま蒸気を出しているわけです。これを撮ろうと三脚を立てるんですけど、当時の露出計だと暗いところがぜんぜん測れない。だから、徐々にシャッタースピードを落として段階露光をやっていったわけです。それで現像してみたら、30秒〜1分の写真の蒸気がキレイに流れていて、これはカッコイイなと。これを昼間にもできたら面白いんじゃないの? って思ってました。
——学生の時点で長時間露光のおもしろさに気づいてたんですね。
それで、カメラ機材のカタログを見ていたら「NDフィルター」っていうのがあるのを知って、ND400だったかな? 普通に撮ると人が写るけど、ND400を付ければ人が動いてほとんど映らないって書いてあって、これだ! って買って、それからずっと使ってます。かれこれ50年ですよ。仕事でも使うことがありますし、僕の中で長時間露光は当たり前の技法としてあるんです。例えば海の風景だとしたら、海面と空と水平線がありますよね。長時間露光で雲と水が流れて、それぞれの細部が全部消えて一つの面となって、水平線がその境界線となる。そういった絵画的な表現がいいなと思ったんです。
——米津さんは風景写真でも絶景ではないところを撮っているとお聞きしました。

photo / Akira Yonezu

避けているわけではないですけど、そういうところで撮る場合には他の人とは違う見せ方になるようには考えますね。この写真は雪が降った時の鳥取砂丘です。空、砂丘、水溜り、地面の計4枚の平面で構成することを目指しました。陰影が出ないように、曇りの日で、しかも夜中に撮影しています。曇りであっても、さすがに日中となると陰影ができてしまうので。それで、雲に反射する市街地の灯りを光源に長時間露光すれば、曇り空の形や濃淡も流れて消えてくれます。いつもよりもかなり長く開けましたね。
——広告写真で培われた光の捉え方、研究の成果ですよね。アイデアや方向性は、どのタイミングで思いつくんですか?
この写真を撮る前、冬場に鳥取砂丘を訪れたときに砂丘に水が溜まっているのを見かけて、これを撮りたいって思うじゃないですか。そのままだと普通なので、構図を突き詰めます。水と雪の境界線を画面の真ん中に、雪の山と空の位置は左か右の端のところに合わせたいという具合です。でも当日、暗くてほとんど見えなくて調整には苦労しました。高感度で試し撮りしながら小さいモニターで確認して。今だったらミラーレス機があるのでもう少し楽だったかもしれませんね。

photo / Akira Yonezu

僕は99%曇りの時に風景を撮るんです。被写体に影がない状態の風景写真を撮るためです。でも、一週間もいれば晴れている日が必ずあって、そういうときは海に行ったりしますね。海は影に落ちるところがほとんどないですから。ここは快晴の西表島。海の向こうに「バラス島」という珊瑚が堆積した島が蜃気楼のように浮かび上がっているのが見えて、これは長時間露光で撮影したら不思議な世界観になるなと思って撮りました。
——風景撮る時は基本的に長時間露光なんですか?
ものによりますね。木々の葉みたいに動くものだと困りますけど、こういう動かないものは長時間露光しやすいですし、ほぼイメージどおりにあがってくれます。ほぼ失敗なく撮れることがわかっているのでちょっとうれしくなりますよね。
——米津さんは長時間露光で撮影する時、仕上がりをどれぐらいまで想像できているものなのですか?
例えば、車を運転していて良いなと思える風景があらわれたとして、車を降りて、もう一度風景を確認したときには9割想像できてます。まあ、50年もやっていればわかっちゃいますよね(笑)。しかも、この日は台風が通過した翌日なので、スキューバーダイビングの船も停まっていなくてラッキーでした。
——米津さんの長時間露光はどれぐらいが目安になっているんでしょうか。
大半が1分くらいです。もっと長くすればより表現もなめらかになりますし、フィルム時代はそれこそ10分、20分とかもやってました。だけどいろいろテストしてみて、大体60秒くらいで線を抽象化したり、平面的な表情にしたりという、長時間露光の効果が得られる最短時間であることがわかってからはそれぐらいが目安になってます。露光時間が長いとそれだけシャッターを切れる回数が減りますし、ノイズリダクションをすれば開けたシャッタースピードの2倍の時間が必要になりますから。

構図と長時間露光で生み出す究極の白表現

photo / Akira Yonezu

——これはホント、白飛びするかしないかのギリギリの世界ですね。
この風景写真が、僕の中での“究極”なんです。冬の北海道、畑に雪が積もっていて、雪も降っています。ふと空を見たら左右で明るさの濃淡ができていたんですね。これは、対角線上に明るさの濃淡を作って、その真ん中に空と地面の明度差のない状態を持ってきた写真が撮れるんじゃないかと思って車を停めて撮影しました。風景を撮りはじめてしばらくして、構図を突き詰めだしたときからずっと頭にあったのがこの写真だったんです。ほとんど色のない世界で、色に頼らない、絶景でもない、コントラストにも頼らない、僅かな濃淡で作った白だけの世界。画像処理もしたくなかったし、トリミングもしたくなかった。カメラを構えて、右から左へ明るさが移動しているときに、どこを中心に構図を決めれば真ん中にそれがくるのか。しかも1分露光させるので、こればかりは運ですよね。ドキドキしながら撮りました。
——一発で決まったんですか?
いやさすがに…多分4、5枚は撮ったと思います。ホテルに帰ったらいの一番に写真をチェックしました。これでだめだったらもう撮れないだろうなとは思っていたので、狙い通りの写真になって嬉しかったですよ。でも、そうして何年も追いかけてようやく撮れた写真を友人にみせたら、言われたんです「これスタジオで撮れるんじゃない?」って。僕も返したんですよ「バレたか」って(笑)。

作品作りにおける長時間露光は、あくまで手段であるという思考

photo / Akira Yonezu

——被写体の岩もそうですけど、背景の雲が二層に分かれているところも面白いですね。
この雲は随分待ちましたよ。しかも海の浅いところにいたままで。普段は待つことをあまりしませんが、これは雲が来ないと良くならないと思って、自分の隠れた忍耐力に驚きました(笑)。ここは青森県の仏ヶ浦。奇妙な岩がいくつかあるんですけど、みんなが撮るところだと同じようなものになっちゃいそうだと思って、いろいろ探していたらこの岩に出会いました。実は、正面からだともっと正方形に近い岩なんです。でも板状になっていて、90度回って見てみると写真みたいな傾いた岩みたいに見えるから、これはいいなと思って、結局半日粘りました。
——米津さんは風景写真で何を表現しようしているのでしょうか。
やっぱり、画面がシンプルで構図がしっかりした写真が撮りたいんでしょうね。構図さえ決まってしまえば、フィルターの濃度やコントラストの具合も決まります。だから、構図が成立しないところは、そこがいい場所であったとしても撮らないです。悔しいですけどね。長時間露光を使うと、肉眼では見ることのできない世界が現れて面白いですし、なんとなく良い写真っぽくも見えますよね。趣味でカメラを楽しむだけなら良いと思うんですけど、“作品”となるとそれだけでは成立しないかなというのが僕の考え方。だから構図であったりとか、陰影を出さないとか、突き詰められるところは極力突き詰めていこうってことでやっているんですよね。


米津 光(Akira Yonezu)

米津 光