長時間露光の流儀 vol. 1 TAKASHI
富士山の神秘性を引き出す長時間露光
数分、数秒という時間の流れを1枚の写真に閉じ込める「長時間露光」は、スチール撮影ならではの表現技法。カメラを通して初めて目の当たりにできる神秘的な世界と向きあい、それを独自の表現方法として操る写真家の思考を紐解いていきます。第1回は、日本を代表する富士山フォトグラファーとして世界的にも高い評価を得ている写真家・TAKASHIさんにお話を伺いました。
ターニングポイントになった長時間露光という表現方法
——TAKASHIさんの作品には、長時間露光を活用したものが多く見られます。写真表現として長時間露光が有効だと感じたエピソードはなんでしょうか
2014年から、海外の写真投稿サイトの「National Geagraphic Your Shot」や「500px」に写真を投稿し始めまして、そこで評価されるとトップページに自分の写真が表示されるんですね。幸運にも、初めて投稿した写真がトップページに近いところに掲載されたので、その調子でどんどん投稿していったんです。それから少しして、今度は世界の審査性サイトの中でもかなり厳しいといわれている「1X」にもチャレンジしてみようと投稿したんです。1Xは、審査が通って初めてサイトにその写真が掲載されるんですが、これが全然審査が通らない。それから半年くらい経った時でしょうか、初めて審査が通ったのがこの写真でした。
有名な富士山スポット「田貫湖」で、いつもだったら撮らないようなシチュエーションだったにもかかわらず、長時間露光をやってみようと撮った1枚でした。NDいくつで撮ったかはもう覚えていないのですが、朝日が少し上っている時間だったので結構濃かったと思います。実際にはつまらなかった雲も流れるように変化して、湖面もキレイに透明感が出ていますよね。
この頃、海外のサイトではモノクロの風景写真をよくみかけたのですが、日本のサイトではあまり、特に富士山をモノクロで撮ったものというのはほとんど見なかったんです。それで、モノクロにして投稿してみたら、晴れて審査に通ることができました。
シチュエーションに感動的な要素はほとんどないけれど、モノクロにすることで、色からくる感動的な要素は排除され、その代わり被写体の存在そのものが前に出てくる。しかも、長時間露光で雲や湖面の形状が整理されているので、主題の富士山がよりクリアになって、こういう表現も写真としての評価の決め手になるんだなという手応えを初めて感じたんです。僕の中でターニングポイントとなった1枚だと思います。
——TAKASHIさんにとって富士山の見え方も変わったきっかけにもなった1枚という感じでしょうか。
そうですね。それまでは、いわゆる絶景を撮るということが重要だったんですけど、その絶景をどう表現するのかも重要になって、自分にとっての新たなモチベーションになりました。そういうときに長時間露光は大きな武器といえます。
風景の“ノイズキャンセル”として使う長時間露光
——TAKASHIさんはどういう時に長時間露光を使おうと考えるのでしょうか。
この写真は、そのまま撮っても絵になるような場所とシチュエーションで撮影しています。でも、そのままだと富士山以外の雲や川の描写が“饒舌”なんです。せっかく富士山や桜と会話をしたいのに、雲のざわつきなどがノイズとなって聞こえてくる感じがします。そういう“ノイズ”をキャンセルする役割として、長時間露光を使います。長時間露光を行うことによって、雲は移動とともにどんどん形がシンプルになりますし、川の流れも落ち着いてくれます。
この忠霊塔との写真も、空の雲がシャープに流れて見えていますけど、長時間露光で均一化したものです。そのままだと雲の形もはっきりしていて、必要以上に目に入ってきてしまうんですが、シンプルにすることで忠霊塔がすごく目に入ってくるようになりました。でも、こうした日の出や夕焼けなどの限定的なシーンで長時間露光を使うのは難しくて、失敗するとシャッターチャンスは逃しますし、露出の変化も多いのですごく勇気がいります。
神秘的な世界表現を想像させるための長時間露光
長時間露光では、その間に流れている時間を1枚の写真に閉じ込めることができるわけです。そこに動きの始まりと終わりという概念はなくなり、いつも見ている風景なんだけど違う、自分の知らない“パラレルワールド”をみているような、身近な違和感、異世界感を表現することができます。完全に表現のための使い方ですね。
——静止画でしか表現できない世界。風景写真というジャンルの枠をこえてますよね。
この写真はすごく静かな雰囲気に見えますけど、実際には波が立って動いているんです。その動きを長時間露光で均一化することで、動きが打ち消されて、結果動きが無いように見えますね。
これも雲の動きを閉じ込めることでできた表現です。普通に撮ったときと全然違うんですよ。見せるとがっかりするくらい(笑)。
——そこから特別な作品が生み出せるのは、写真家の技量ももちろんですけど、長時間露光の面白さですよね。
そうやって動いているものを閉じ込めて、その動きの視点と終点や方向が失われた光景を見ると、見た人は本能的に失われた何かを想像して埋めようとします。その想像が神秘性や異世界感という感覚に繋がってくれるんですね。
——事実を写すものである写真が、長時間露光をつかうことでリアルな要素をなくし、そこに想像の余白が生まれるということでしょうか?
でも、リアルではあるんですよ。現実には起こっていることですから。長く人々は降りしきる雨を線として捉えていました。ある時、超高速度撮影が実現されて雨粒一つ一つが玉になって落ちてきている世界を見た時、そこに神秘性や超現実的な感覚を得たはずです。どちらもリアルですが見え方によって現実が異なって感じるわけです。長時間露光はその逆をカメラで実現しただけなんですが、そうみえていない私達にとって、理解を超えた不思議な光景を目の当たりにしたように感じるんですね。
——正直なところ、Takashiさんには撮影する前にどれぐらいこの結果が見えているんですか?
いや〜…完全に見えていたら苦労しないです(笑)。自然現象ですし、どんなにやり込んでも難しいですね。それでも経験を積んできた過程で、なんとなく仕上がりの方向性を想像できていたりはします。一枚目の静かな写真は、なんとなく想像できて撮っています。2枚目は、面白くなりそうだなと思った程度。実際に撮れた時に「あ〜こんなふうになったんだ」という驚きはありましたね。
富士山の神秘性に出会える長時間露光の塩梅とは?
——長時間露光の時間は、長ければ長いほど神秘的な表現が強まりそうに思えるのですが、どのように考えていますか?
富士山というのは不思議な被写体で、周りの雲とか水の流れなどによってもその表情が表現されているんです。例えば、長時間露光を10分〜20分するとそういった要素が必要以上にシンプルになりすぎて、富士山の表情がなくなっちゃう気がするんです。実は、そういったプレーンな状況の中に富士山があるのも面白いかなとも思っていて、いつか撮影してみようと考えているんですが(笑)。
でも基本的には富士山だけでなく、その周りの雲そのものも被写体だと僕は思って撮っています。富士山の周りには不思議な雲がたくさんできます。例えば写真の「笠雲」は、上空3000mの付近を湿った空気が強く流れて、富士山の頭にあたることで凝縮された雲ができて、下がる時に蒸発してできる雲なんですけど、まさに富士山が存在するからできる雲なんです。
そういったことからも富士山と雲の親和性は高く、それが一見富士山とは関係の無い様に見える雲であっても、長時間露光で関係性を強く感じることがあります。富士山に対してすでに神秘性を感じている人も多いのですが、さらに富士山が雲を通して意思を伝えようとしているんじゃないかとさえ感じられるような作品にしたいなと思っています。実際、僕にはそう思うことがよくあります。
ですので、長時間露光の時間を長くすれば良いとは思っていなくて、「2分」という基準をもって、足りないと思ったら3、4分、表情を出したい時には1分に短くして調整しています。
——それでも雲を大きく動かそうと思ったら分単位の時間が必要なんですね。
そうですね。もちろん天候にもよりますけど、富士山の周りの雲は距離も高さもあるので、大体2分くらいでいい感じになりますね。富士山の神秘に通じる時間は「2分」です。
長時間露光表現の世界へ
とにかく試しにやってみることが一番です。今でも撮ってみてから仕上がりを追求していますから。もしも、僕の作品のような仕上がりを想像されているのなら、長時間露光の時間は2分前後を基準にしてみてください。講習会などでこの話をすると、そんなに時間をかけるんだと思う人も多いみたいです。僕も長時間露光をはじめたころは30秒とかだったのを記憶しています。
ND1000、ND64、ND8の3枚があると、あらゆる撮影環境に対応ができて、シャッターチャンスが広がりますよ。
TAKASHI(Takashi Nakazawa)
2011年初夏、初めての富士山撮影で霧から現れた富士山の前を朝 日で輝きながら泳ぐ白鳥に出会う。以来、鮮やかさ際立つ富士、アートな富士、最近では動画まで富士山を中心に作品を手がけ、その魅力を世界に発信している。
2014年から海外で富士山の写真を発表し続けて世界で多くの実績を残す。 米国ナショジオの発行する「National Geographic Traveler」表紙や写真集「Greatest Landscapes」掲載を始めとして、世界各国のTV、新聞、雑誌、WEBで取り上げられ、数多くのコンテスト受賞歴がある。
2018年から日本でも8回の作品展が開かれ、TV出演、写真集やカメラ雑誌の表紙採用、レジデンスや官公庁の壁面を飾るなど活躍の場を広げている。
オフィシャルサイト
NiSi Gallery「BLUE INK」