「滝の躍動感と繊細さを切り取る」by 藪崎次郎
滝は長秒にすると滑らかな描写になりますが、長すぎるとただの白い面に、短かすぎると肉眼で見たままの記録写真になりがちです。静と動、幻想とリアリティが同居する美しい滝写真の撮り方について、藪崎さんに教えていただきました。
写真:藪崎次郎
見る人に癒しを伝えたい
私が水の流れを撮る理由は、水の柔軟さに学ぶところが多いからです。渓流には大きな岩や段差、倒木など様々な障害物がありますが、流れる水は複雑に形を変えながら、それらを避けてしなやかに進んでいきます。水は丸いコップに注げば丸く、四角いコップに注げば四角くなります。変幻自在に姿形を変えるしなやかさに、自分もそうありたいと感じいります。
水蒸気は雨となり、小さな渓流に集まって大きな渓流に注ぎ込み、川となって海に注ぎます。そして海水が蒸発して雲になり、また雨が降り…と繰り返す。その大きな輪廻が、60〜70%を水分が占める私たちの体中でも行われていると思うと、自然と自分が一体化したような不思議な感覚を得られます。
また、滝の近くに立つと、視覚、聴覚、触覚から様々な癒し効果が得られます。水を蓄えた滝壺の水面の揺らぎ、しなやかに蛇行する渓流、ピンクノイズと呼ばれる心地よい滝の音、風が運んでくる水飛沫。作品を見る人も、近くに神さまがいるような澄んだ空気を感じ、幸せな感覚を得てほしいと思いながら撮影しています。
滝撮影の作法
滝によって魅力的な部分の見せ方は異なるものの、共通する撮り方の作法があります。4つの作法を順に見ていきましょう。
作法(1) シャッター速度は短めの1.5〜5秒に設定
通常、滝の撮影は長時間露光で流れる水を絹のように滑らかに写すのが一般的です。しかし私の場合は1.5〜5秒程度と、滝の撮影にしてはかなり短めのシャッター速度に設定しています。その理由は、渓流の荒々しさと、滑らかさの両方を、目で見た記憶として表現したいからです。10秒以上の長時間露光を行えば、滝の流れは面となり、目では見えない幻想的な世界になりますが、滝壺に広がる水しぶきに立体感は無くなりディテールも失われてしまいます。反対に1/100秒以上の速いシャッター速度では、水飛沫の瞬間がはっきりと写り込み力強い描写になります。幻想的すぎるのも荒々しすぎるのも、私が表現したい描写とは異なります。そこで、1.5〜5秒というシャッター速度に辿り着いたのです。
とはいえ、人の感じ方はそれぞれなので、長時間露光で目では見えない世界を幻想的に切り撮る表現が好きな方もいるでしょう。シャッター速度に正解はなく、どう感じるか、何を表現したいかによって自由に選択すれば良いと思います。
1.5秒で撮影。滝の滑らかな流れが描写されつつ、飛沫は写し止められて躍動感も感じる。
10秒で撮影。滝の流れだけでなく、飛沫も線となり、穏やかで静かな印象だ。
作法(2) 滝の落差からシャッター速度を推定する
滝の上から下までの長さ(落差)を調べ、滝壺へ落下する時間の見当をつけます。大体、5mの滝で2秒程度といったところです(風の抵抗などの条件によって変わってきます)。滝の落差はインターネットで調べればわかるので、事前にチェックしておくと良いでしょう。自由にシャッター速度を調整できるよう、NDフィルターはND4、8、16、32を常備し、ベストな減光効果をセレクトします。
作法(3) 夜明け前に撮影する
日中に撮影するのではなく、夜明け前に現地入りして早朝に撮影することが多いです。夜から朝へと変わるとき、時間が止まったような静寂が訪れます。
夜明け前に撮影をする理由は2つあり、1つはブルーモーメントとよばれる時間帯のため、青みがかった神秘的な色合いになること。もう1つは、朝露がついて木々の葉や苔が水分を含み、しっとりと色鮮やかに見えるためです。とりわけ表面に凹凸がある葉は水分を多く蓄えて湿度のあるしっとりした質感になります。
作法(4) 被写体に触れる
臨場感を伝えるコツは、被写体に触れることです。たとえば、木々や葉に触ってみる。ざらっとした手触りで濡れているのならば、その質感と湿度が伝わるように撮影し、編集するときもそこを意識して行います。渓流の流れを表現するのであれば、直接川の中に入り流れの速さや温度を知る。視覚だけではなく、五感を使って作品へと落とし込むことで、まるでその場にいるような臨場感のある描写に近づけていきます。
シーン別の滝写真の撮り方
次に、滝の個性によって異なる着眼点と撮り方のポイントを見ていきましょう。
その1 白糸の滝
名瀑は2秒で滝筋を見せる
SIGMA dp0 Quattro, 20mm, 2秒, F9, ISO100, Nano IR ND8, PRO CPL, S5ホルダーキット
長野にある有名な観光地、白糸の滝です。白糸の滝という名称がつく滝は全国に300近くあり、有名な滝は8つほどあります。なかでも最も美しいのがここ長野の白糸の滝でしょう。「人里離れた場所で撮るのが醍醐味で、観光地は撮らない」という風景写真家は多いですが、私はあえて観光地を狙うのも選択肢の一つだと思っています。人が集まるのはそれだけ魅力的な景観を持ち、癒しのパワーを放つ場所だからです。
撮影のポイント
POINT(1) シャッター速度は2秒を選択
白糸の滝は上から下まで(落差)が約3m程度で、下まで落ちるのに約1.5秒ほどかかります。ここでは滝の1本1本の筋が見えるよう2秒の露光にしました。長秒にしすぎると霧状の水飛沫も消えてしまうので、ミスト感を表現する目的も含んでいます。遅いシャッター速度を得るために、ND8を使用しました。
また、滝の白い反射を取り除くために、PLフィルターを使っています。PLフィルターは回転させながら滝の反射を取りのぞき、なおかつ滝壺の底面が見える角度に調節します。PLフィルターの効果が強いと緑の色が鮮やかに出過ぎるので、半分くらいかかるのがちょうど良いと思います。朝方の水分を含んだ葉の色は、鮮やかで深い緑色になるので、必要以上にPLフィルターをかける必要はありません。
POINT(2) シンメトリーの構図
この滝は横幅の全長が70mほどあり、その壮大さを表すために14mmのレンズを使っています。構図を決める上では、滝の一番下の落下部分をどこに配置するかを微調整しつつ、横幅のある滝の景観美を最大限に活かすシンメトリーな構図になるようにフレーミングしています。
ピント合わせの位置は、見る人の視線が向かう構図の中央部分の滝の流れに合わせつつ、明暗差のある滝と岩の境目を狙っています。
完全に上下左右にシンメトリーな構図は、見ていて気持ちよく、安定感を感じます。
その2 那須塩原の渓流
滝、飛沫、渓流の流れをバランスよく見せる
SIGMA dp0 Quattro, 20mm, 2秒, F11, ISO100, Nano IR ND8, S5ホルダーキット
ここは那須塩原にある飛沫がとても多い滝です。見せたいのは、シルクのような滝の流れ、滝壺の飛沫が作るミスト感、柔らかな渓流の流れ、そしてS字カーブの渓流です。この滝を長時間露光で撮影すると、飛沫によるフワッとしたミスト感が消えてしまうため、シャッター速度の選択がポイントになります。滝は筋を残しながら滑らかに美しく、空気はミスト感を残し、渓流は水面下の岩を避けながら水が柔軟に流れる様子を表すことが課題です。
撮影のポイント
POINT(1) 渓流に入りローアングルから2秒以内で撮影
滝から渓流の流れまでを入れるため、20mmの広角レンズで撮影しています。ベストなシャッター速度を得るために、短めのシャッター速度からテスト撮影をしていきます。1/10〜2秒の間でシャッター速度を変えながら撮影し、最終的に2秒に設定しました。
ダイナミックな構図で撮りたかったため、渓流の中に入って三脚を立て、水面から2〜3cmのところにカメラをセットしてローアングルで撮影しました。かなり流れが急だったので、三脚を手で押さえて流されないようにしています。このような厳しい状況でも、1〜3秒の短い露光時間であればブレを最小限に抑えられるというメリットがあります。また、どのくらいの水の流れなのかを知るには、実際に水の流れを体感するほうが良いと思います。流れが緩やかなときは、少しダイナミックに見せるためにシャッター速度を速めに設定して躍動感を出し、強すぎるときは長めのシャッター速度に設定して柔らかく調整しています。
POINT(2) 手前の木で輝度差を抑える
NDフィルターはND8を使用しました。逆光で輝度差が大きい場所では、グラデーションNDフィルターを使って背景の露出のみを抑える方法がありますが、このシーンでは手前の木々がフィルター代わりになり減光しているため、自然に輝度差が小さくなっています。PLフィルターを使うことで反射を取り除くことができますが、滝の飛沫で岩や苔がしっとりと濡れてツヤのある雰囲気を残すために、あえて使用していません。
その3 奥入瀬渓谷の滝
日本画のような繊細な滝は5秒で強調
SIGMA dp0 Quattro H, SIGMA 14mm F1.8 DG HSM Art, 20mm, 4秒, F9, ISO100, Nano IR ND8, S5ホルダーキット
奥入瀬渓谷は何度も足を運んでいる場所です。とくに新緑の季節は若葉が息吹き、淡い緑色が美しく鮮やかに切り撮れます。このときも新緑の撮影に行ったのですが、2日間土砂降りで全く写真が撮れませんでした。雨の中、車でロケハンをしていると、いつもは通りすぎてしまう場所にふと目が止まりました。一枚の岩盤が、雨によって鈍く光る見事な質感を放っていたのです。翌朝、雨が上がりに再び訪れると、漆黒の岩盤に新緑が美しく映えていました。さまざまな条件が重なって現れた奇跡の光景でした。
撮影のポイント
POINT(1) 平面的な構図で和の雰囲気を切り取る
漆黒の背景に淡い新緑と繊細に流れる滝の様子は、まるで日本画のようでした。その雰囲気を活かすため、正面に立って平面的な構図を狙いました。滝のトップから下までの位置と、画面に向かって左側から入るわずかな光をしっかりととり込むように慎重にフレーミング。全体をバランスよく入れるために、20mm相当の焦点距離を選択しました。
シャッター速度は5秒に設定。滝の線が細かったので、流れを強調するためにやや長めのシャッター速度にしています。この時はND64を使って減光しました。
POINT(2) 質感に合わせてカメラを選ぶ
狙う描写によって使いたいカメラがあります。玄武岩の荒々しさと濡れた重厚な質感を表すのに、SIGMAのsd Quattroが持つ高解像力を借りて表現しています。そのカメラでないと表せない描写があり、自分が見て感じたリアリティーを追求するために、SIGMAのsd Qattroを使っています。また、レンズも解像感が得られる単焦点レンズを多く使用しています。
SIGMAのsd Quattroで撮影した岩礁。この鋭い描写だから、前景にしても存在感を感じます。
その4 伊豆の1本の滝
シンプルな1本滝はできるだけ情報を排除する
SIGMA dp0 Quattro H, SIGMA 14-24mm F2.8 DG HSM Art, 24mm, 3.2秒, F9, ISO100, Nano IR ND64, Nano IR GND8 SOFT, S5ホルダーキット
私は普段、横幅がある滝を撮影することが多いのですが、この時は珍しく伊豆にあるシンプルな滝を撮影しました。イメージしたのは画家・千住博氏の滝の絵です。このシンプルな被写体を、作品として仕上げるにはどうすればいいのか。やみくもに長秒にしたのでは単なる白い滝になってしまうので、シャッター速度の選択は非常に重要です。滝のさまざまな表情を見せつつ、リアルさと美しさを同居させて、千住博氏のように品格と生命力のある滝の描写をすることが課題でした。
撮影のポイント
POINT(1) 滝だけに視線がいくように情報を整理する
滝の上部は存在感が大きく視線が向かいがちです。ここでは純粋に滝の流れを見せたかったので、あえて滝の上部を外してフレーミングしています。また、露出を落として背景の岩肌に視線がいかないようにしました。ただし、すべて黒く潰すのではなく、ほんの少しだけディテールが見える露出にすることで、実際に目で見ているような描写にしています。
POINT(2) 何枚も撮影して納得のいく紋様を得る
滝のどこを見せるか観察し、滝壷の紋様の美しさを最大限に表現しようと考えました。波紋の出方や飛沫の出方は、シャッターを切る度に変わります。そのため、同じ構図で納得のいく波紋が現れるまで何度も撮影をしました。
滝写真の現像の方向性
RAW現像&レタッチは「味付け」と考える
具体的な方法を解説する前に、お伝えしておきたいことがあります。それは、現像やレタッチは、あくまで「味付け」にすぎないということです。大切なのは、シャッターを切ったときに、何を考え、何を感じ、何を伝えたいのか? ということ。そこが明確でないと、いつまでも答えの出ない現像レタッチの迷路に陥りかねません。実は私自身がその迷路に落ちた1人でして、迷路から抜け出せずに悩んでいた時、写真の楽しさを教えてくれた師匠から、「切れ味のいいナイフを使い、名店のレシピで調理しても、素材がダメならお客様にお出しできる料理にはならない。良い光の下で育った作物は、料理しなくても美味しいんだよ」とアドバイスをいただきました。つまり、「PhotoshopやLightroomなどの優秀なソフトウェアを駆使しても、撮った写真がダメなら作品として仕上がらない」ということです。
いい光の下で伝えたいことを明確にして撮った写真は、何もしなくても見る人に思いが伝わります。RAW現像やレタッチをするときは、それを忘れないでほしいと思います。
撮影データと心に描いた風景をレタッチで丁寧に埋めていく
RAW現像からレタッチの工程は、カメラの性能を最大限に引き出しつつ自分の感じた風景に近づけていく作業になります。脳は都合のいいように解釈するので、実際に見た風景よりも鮮やかな色合いだったり明暗差のある風景として記憶しています。一方、撮影したデジタルデータは真実を写しています。そのギャップを埋め、真実を伝えながらも心の表現を盛り込んで作品に仕上げていきます。
RAW現像からレタッチまでのワークフローは、次のとおりです。
1.シグマの専用ソフト「SIGMA Photo Pro」でRAW現像
私の写真のほとんどは、SIGMA製のカメラを使っているので、まずはSIGMA専用のRAW現像ソフト 「SIGMA Photo Pro」を使用してRAW現像を行います。カメラで捉えたデータを最大限に引き出すための作業で、主にトーン調整とホワイトバランスによる色調調整を行います。撮影時は滝が白くなるようにホワイトバランスを合わせますが、水の記憶色はやや青味があるので、全体的にやや青味に調整します。SIGMA Photo Proでワークフローの6~7割を行います。
SIGMA専用のRAW現像ソフト SIGMA Photo Proで色を整えます。滝の色が白くなるようにホワイトバランスをとったあと、やや青み寄りに調整。
2.Adobe Lightroom Classic CCまたはAdobe Camera Rawで二次現像
次にLightroomまたはPhotoshop Camera Rawを使い、自分の記憶とカメラのセンサーが捉えた色調の差を埋める作業を行います。たとえば白糸の滝を例にとると、滝壺の色は深緑色でしたが、私が感じた記憶色はエメラルドグリーンだったので、トーンカーブや色調別補正を使いって記憶色に寄せていく作業をします。あくまでもデータと記憶の調整をする作業ですので、「色を足したり色を変えることは行いません。
3.Photoshopでのレタッチは仕上げの方向性を考えて行う
最後にPhotoshopでレタッチを行って仕上げていきます。レタッチの方向性は2つあります。
- 見せたいものを見せる
伊豆の滝のように、「見せたいもの=滝の流れ」とシンプルに決まっている場合は、周囲の明るさを落として情報を整理し、一番見せたい主題へ視線を誘導していくように仕上げていきます。 - 全てをバランスよく見せる
私が風景撮影に使用するレンズは20mm前後の広角レンズが多く、様々な被写体がフレームの中に飛び込んできます。フレーム内の被写体はすべて主役であり、見せたいのは景観のバランスの美しさです。私の場合、こちらの方向性の作品が圧倒的に多いです。レタッチは徹底的にディデールにこだわるので、とても細かい作業になります。細部を拡大して1つ1つゴミを除去したり、ノイズを調整したりします。「レタッチ」というかっこいい言い方より、修正・補正と言ったほうが良いかもしれません。丁寧に修正・補正すればするほど、作品のクオリティーはアップします。非常に時間のかかる作業で、途中で寝かせてまた修正・補正……と、3ヶ月ほどかけて完成する作品もあります。
Photoshopのスタンプツールで細かいゴミを消去。ゴミの大きさに合わせてスタンプのサイズを調整します。
藪崎次郎 Jiro Yabuzaki
写真家・色彩管理士・カラーコーディネーター。
「自然との共鳴によるヒーリング」をテーマに、国内外の自然風景を追い掛ける写真家。大自然の色彩美を大切にし、被写体の持つディテールを余すことなく超高精細かつ立体的に魅せる独特の作風は、ファンや美術コレクターから「スーパーリアル」と称される。
近年では東京都内の商業ギャラリーにて作品の発表と販売を行う傍らで、写真セミナー講師や写真カメラ専門誌での作例・レタッチテクニックなどの執筆を手掛ける。また「写真で人々を笑顔に!」という志を持ち、写真作家活動を通じて、東日本大震災で被災した子供たちの教育と心のケアをサポートする慈善活動も行う。
受賞 AWARDS
World Photographic Cup 2020 日本代表写真家( Nature / Wildlife Category )
Tokyo International Foto Awards 2019 Nature-Landscapes Professional Category Winner HM(2)
日本写真家協会JPS 第41回公募展
日本写真作家協会JPA 第14回公募展
展示 EXHIBITION
個展 : fine 大阪展 (大阪,MAG南森町アートギャラリー,2020年10月予定)
個展 : fine 東京展 (東京,IslandGallery,2020年04月)
個展 : -f- (東京,IslandGallery,2019年07月)
個展 : 1/fSignals (東京,IslandGallery,2018年06月)
合同展 : 小さな窓から始まるアートの旅(東京,IslandGallery,2019年)
合同展 : 夏の終り、秋の始まり(東京,IslandGallery,2019年)
合同展 : 初春夢幻(東京,IslandGallery,2019年01月)
合同展 : 三人写真展2017 (東京,IslandGallery,2017年10月)
合同展 : 25人展2017・情景写心 (東京,IslandGallery,2017年08月)