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可変NDフィルターで撮る「シャッタースピードの芸術 流し撮り」

フォトグラファー / ITエンジニア 氏原正智

可変NDフィルターで撮る「シャッタースピードの芸術 流し撮り」

Canon EOS 5D Mark III, EF70-200mm F4L IS USM, 1/4, F11, ISO 100

一瞬を切り取る写真に、いまにも動き出しそうな印象を与えることができ、これが現実世界なのかと一瞬わからなくなってしまうような抽象的な表現でさえも可能にしてくれるのが「流し撮り」です。流し撮り一筋15年、“流し撮りアーティスト”と呼ばれる氏原正智さんに、ベーシックな手法だけでなく、実はさまざまなバリエーションがある流し撮りのこと、氏原流・流し撮り上達への道などじっくりと伺いました。

目次

息子の自転車の練習シーンから始まった流し撮り人生

——氏原さんはいつごろ、どんなきっかけで「流し撮り」を始めたのですか?
息子が幼いころ、自転車の練習をしているシーンを撮ったのが初めての流し撮りでした。見よう見まねで流し撮りしてみると、実は息子はさほど速く走っていないのに、写真では速そうに写っていてそれがすごく面白かったんです。
——息子さんは自転車に乗ることが特別に好きだったのですか?
息子は小さなころから自転車が大好きで、いつもあちこち走り回っている自転車少年でした。それが高じて高校生になると学校の自転車競技部に入ったほどです。そこではピストバイクでの短距離〜中距離トラック競技が専門で、インターハイ、インターカレッジ(インカレ)、さらに全日本選手権まで進んだところで引退し、現在はオフロードのシクロクロスに転向しました。

作例

Canon EOS Kiss Digital N, EF-S17-85mm F4-5.6 IS USM, 1/15, F22, ISO 200 子どもの頃から自転車に乗るのが大好きだったという息子さんを流し撮り。

作例

Canon EOS 5D Mark IV, EF16-35mm F4L IS USM, 1/13, F8, ISO 1000 オリンピックで使われる予定となっている「伊豆ベロドローム」のウィンターシリーズで走る息子さんを広角ズームレンズで流し撮り。

——自転車好きな息子さんを被写体に、ずっと流し撮りを続けてきたというわけですね。
そうですね。息子が自転車競技の選手になることを夢見て走り続けている間、僕もそれをずっと撮影してきました。
特に、高校の自転車競技部に入ってからの撮影はすごく面白かったですね。入部当初は弱小チームだったところに優秀な顧問の先生が入ったので、3年の間にメキメキ成績が上がっていったんです。入部したばかりのころと3年後ではまったく違うチームかと思えるほどで、ファインダー越しでも、その成長ぶりがはっきりと分かりました。
流し撮りを続けているうちに、気づけば息子も成人し、初めての流し撮りから15年も経っていることに自分でも驚いています。

時を止めるはずの写真が動き出す

作例

Canon EOS 5D Mark IV, EF400mm F2.8L IS II USM, 1/6, F4.5, ISO 125

——氏原さんは「流し撮り」のどんなところに魅力を感じていますか?
写真というのは本来、シーンの一瞬を捉えるものですよね。だから、動いているはずのものも止まった状態で写っています。もちろん流し撮りでも同じなのですが、流し撮りの作品には、本当なら止まっているはずの写真の中に動きが感じられるというのがいちばんの魅力だと思っています。
流し撮りでは背景を流すことで、スピード感や躍動感を演出できます。これが一瞬を止めて切り取る写真のなかに、動いている被写体の速度感を加えてくれ、止まっているはずの写真に動きを感じさせてくれるんです。これは流し撮りでしか得られないものだと思います。
流し撮りのもうひとつの魅力は、背景を流してぼかすことでメインの被写体が際立つことだと思います。背景がスローシャッターによって水彩絵の具で塗ったように濃縮された線となって、写真に美しさや華やかさを加えてくれるのは、流し撮りならではの魅力ではないでしょうか。
——ということは、流し撮りでは背景の選び方が大事になりますか?
はい。背景、つまり撮影するポイント選びは流し撮りにとって、とても大切です。僕自身はサーキットでの撮影が多いので、看板や建物など背景となる部分の色や、観客がいるレースの場合にはカラフルな色の洋服を着ている人たちがいるかなどを現地で確認します。また、暗すぎても明るすぎても背景が流れていることがわかりにくくなってしまうので、その場所の明るさにも気を配りますね。
——仕上がりの予測がある程度つかないと背景選びは難しそうですね。
背景の選び方が大事とはいっても、難しく考えなくて大丈夫です。流し撮りの場合は一見絵にならないかなと思う場所でも背景を色だけにできるので、撮っていくうちに、これまでとは違う視点で撮影場所の選択ができるようになりますよ。人と撮影ポイントがかぶらないという点でもメリットがあるし、人と違った位置から、人と違う写真が撮れて、ときにはシャッターを切った瞬間には予測がつかなかった仕上がりになるのも流し撮りの面白いところだと思います。ときどき、同じサーキットで撮っている人が僕の写真を見て「え?!これ、どこで撮ったの?」と驚くことがあるほどですから。

スピード感、躍動感の演出だけじゃない。流し撮り3つのバリエーション

作例

Canon EOS R5, EF400mm F2.8L IS II USM, 1/60, F3.2, ISO 100

——氏原さんの作品には「これも流し撮り?」と思うような、さまざまな作品がありますよね。
そうなんです。実はいろいろな技を持っているんですよ(笑)。基本的に「流し撮り」というのは、ピントを動く被写体に合わせて追従し、本来止まっている背景を流して動きを出すという撮影方法です。車やオートバイ、自転車のレースなど、サーキット内で周回する競技での写真によく見られる撮り方ですね。スピード感、疾走感あふれる写真になるので、モータースポーツを撮る方であれば、一度は撮ってみたいと思う手法だと思います。
——こんな風にビシっと被写体を止めた基本の流し撮りをするコツはあるのですか?
「流し撮り」と聞いて、見よう見まねで撮影するとき、ほとんどの皆さんが「レンズを横に振る」という感覚で動くんですが、レンズを振りつつも「少し体を引く」ような動作を意識するといいと思います。例えばキャッチボールをするときに、ボールをグローブで受ける際にはグローブをちょっと引くような形でキャッチすると思うのですが、そんなイメージですね。あとはレンズを振るときに、体の軸を使って「回転」するのではなく、センサー面を意識して、向かってくる被写体に対してセンサー面を「平行」に保つイメージで、「常に被写体を正面に見続ける」ということを心がけるのもコツのひとつだと思います。
それから、「レンズを振り抜くこと」が大事です。自分の動きを止めようと考えると、実はその段階で止める力が働いてしまうので、被写体を追いかけて、止まらずにレンズを振り抜くことも流し撮りのコツですね。そのためには安定性も重要になってきます。手ブレを最小限にするためにも、肩幅程度に足を開き、脇をしっかりと締める。僕自身はさらにファインダーをおでこにグッと当てるようにしてカメラをホールドしています。

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Canon EOS 5D Mark IV, EF400mm F2.8L IS II USM, 1/8, F7.1, ISO 100

——ベーシックな流し撮りの他にどんなものがありますか?
最近では、僕自身の新たなチャレンジとして、白鳥の流し撮りにトライしています。
——白鳥の流し撮りだとサーキットのように背景にあまり色がなさそうですが、流し撮りできるのでしょうか。
確かに、背景が暗かったり、色がなかったり、物がなく単色に近いシーンだと、流し撮りをしても背景が流れていることが分かりにくいので、流し撮りをする意味があまりないと言われてきました。あえてそういうシーンのなかで白鳥の動きに同調した流し撮りにチャレンジしています。

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Canon EOS 5D Mark IV, EF400mm F2.8L IS II USM, 1/5, F5.6, ISO 250

——サーキットで撮る車やオートバイも、白鳥も動体ですが、背景の違いで何が変わるのですか?
車やオートバイなども“動いている”のですが、タイヤは回転しているものの、車やオートバイの形状そのものが変化することはないですよね。だから流し撮りで変化するのは本来動いていない背景で、絵作りのキモは背景です。対して白鳥は、白鳥が羽ばたく翼の動き、つまり被写体そのものの動きを利用した流し撮りということになります。白鳥は飛翔時の助走距離が比較的長いので、シャッタースピードをより遅くすることで、翼の動きのブレを生かした絵作りができます。白鳥の羽根が描き出すラインがシルキーで、とても美しい写真になるんですよ。
ただ、白鳥が飛び立つその瞬間にしかシャッターチャンスがないので、早朝から白鳥が飛び立つのをじっと待ち続け、一度シャッターを切ったらその日はおしまい(笑)。何度も何度もそのためだけに撮影に通っています。

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Canon EOS 5D Mark IV, EF70-200mm F4L IS USM, 1/4, F10, ISO 250

——この時空が歪んでしまったかのような写真も流し撮りですか?
「彗星流し」と呼ばれる撮り方です。これは、ある意味僕の必殺技でもあります。1/10秒以下のスローシャッターで、動く被写体に追従して流し撮りをするところまでは普通の流し撮りと同じなのですが、シャッターが閉まる直前に、被写体よりも速くレンズを振り抜いて被写体を追い越すという撮影方法です。
——被写体を追い越す……とは??
言葉で説明すると少々難しく感じるかもしれませんが、手持ちであれば手首を使って、シュっと最後のひと振りを素速く行うだけ(笑)。振り抜く際のスピードを上げるんです。やってみると意外とすぐにコツがつかめますよ。僕のワークショップに来てくださった方も、レクチャーを受けて何度もシャッターを切っているうちにかなり撮れるようになっています。
一桁台のシャッタースピードで彗星流しを練習する合間に、1/30秒や1/60秒などのシャッタースピードで基本の流し撮りをしてみると、被写体を捉える精度が上がっていることが実感できるので、いろいろなシャッタースピードを行ったり来たりしながら撮り続けるとモチベーションアップに繋がると思います。
「彗星流し」は露光している間に被写体を追い越すことで彗星の尾のような残像がつくのでこう呼ばれているのですが、この彗星流しでは、疾走感を表現しながらも、残像によってイメージがさらに抽象的化され、写真とも絵ともつかないような表現になります。
この残像の出方は撮り手によって全然違っていて、体の動きのクセのようなものが写真に出るんですね。撮り手の体(カメラ)の動かし方でラインが変わるんです。でもそれが作品の個性になりますし、仕上がりがかっこよく、自分が気に入れば、必ずしもまっすぐ振り抜けていなくてもいいんです。1/4秒、1/2秒など一桁台のスローシャッターで撮影するので、抽象と具象が混在しながらひとつの絵として成立するようなアブストラクトな仕上がりになり、写真表現の可能性が広がるということを体感できる手法だと思います。

カメラとレンズ、もうひとつの秘密兵器で流し撮りをレベルアップ

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Canon EOS R5, EF16-35mm F4L IS USM, 1/5, F16, ISO 100

——流し撮りを始めるためにはどんなカメラやレンズが必要ですか?
いまデジタルカメラを持っているなら、それで十分です。すぐにでも流し撮りを始めることができます。オートフォーカスに動体予測モードがあるモデルなら、被写体との距離が変わってしまっても動体へのピントの食いつきが速いので、なお良いです。
大口径の超望遠レンズが必要とイメージされる方もいるかもしれませんが、実はそんなことはありません。広角レンズなら背景の割合の大きいスケール感のある流し撮り作品ができます。流し撮りではシャッター速度を遅くするので絞り込むことが多く、開放値がさほど明るくないキットレンズでも十分に楽しめますよ。
——流し撮りがうまくなるためには具体的に何をしたらいいでしょうか?
こればかりは近道はなくて、とにかくシャッターをたくさん切ることに尽きます。僕自身、流し撮りはスポーツだと思っているんですよね。アスリートのように体力や筋力が要るようなものではないのですが、撮れば撮っただけ必ず上手くなるし、上手く撮れたときの達成感がとても大きい。野球で例えると、3割打者は一流と言われますよね。それもすべてがホームランというわけではありません。流し撮りも同じで、3割うまく撮れれば一流です。初めてでも100枚撮れば1枚は当たる。たくさん撮って徐々に打率を上げていけばいいと思うんです。そのなかでときどき出るホームランに「やったー!」と歓喜し、心地よく汗をかく。これはまさにスポーツだと思います(笑)。やり始めるとハマると思いますよ。
——流し撮りの練習に向いている場所はありますか?
おすすめはサーキットですね。サーキットを走行する車やオートバイは、コースを何度も周回してきますので、繰り返しシャッターを切ることができます。それに、サーキットでは基本的にコースの最短距離をライン取りして走っていきますから、進行方向の予測もしやすいです。流し撮りの練習をするには最適な場所だと思います。
——流し撮りをする際に可変NDフィルターを使っているのはなぜですか?
可変NDフィルターは流し撮りをするなら必須のアイテムと言えます。流し撮りはシャッタースピードを遅くして初めて成り立つので、適正露出にするにはその分絞りを絞り込む必要がありますが、絞り過ぎると回折現象によって解像度の低い眠たい写真になってしまいます。そしてもっと厄介なのが、センサーゴミが写り込んでしまうこと。こうした問題を解決してくれるのがNDフィルターなのですが、可変式だと刻々と変わる撮影環境に素早く対応できるのでさらに良いです。例えば同じコーナーから撮影をしていても、太陽が雲に隠れたり、コースの軌道が看板の日陰に入ったりと、撮影中に露出が頻繁に変わっていきます。流し撮りの上達にはたくさんシャッターを切ることが大事とお話しましたが、可変NDだとそうした露出の変化に対応できるので、失敗カットが減り“打率”を上げていくことができるというのが理由のひとつです。
また、クライアントワークでは、すべてが流し撮りでの撮影というわけにはいかず、速いシャッタースピードではっきりと選手やロゴを写すことが求められますが、その切り替えをフィルター枠の回転だけで簡単に調節できるのはとても便利です。僕はほぼレンズにつけっぱなしの状態で撮影しています。


氏原正智 流し撮り写真展 『THE MOVEMENT』

富士フォトギャラリー銀座
2021年3月26日(金)~4月1日(木)
平日:10:30~19:00 / 土日:11:00~17:00
(最終日 14:00まで) 入場無料


氏原正智 Masatoshi Uzihara (Uzzy)

フォトグラファー/ITエンジニア
1976年生まれ広島県出身。芝浦工業大学卒業後ITエンジニアとして働く傍らクルマ好きが転じてサーキット、息子の自転車競技などを撮影。日本流し撮り研究所にて流し撮りの撮影技術を学び、主宰する秋ヶ瀬スローシャッターにてオリジナル夜景撮影術を考案。東京カメラ部10選2017に選出。東京カメラ部2018写真展出展。日本流し撮り研究所研究員。秋ヶ瀬スローシャッター主宰。ヒーコ(XICO)にてコラム寄稿中

氏原正智