氏原正智の流し撮り入門
写真にいまにも動き出しそうな印象を与えることができる「流し撮り」。さらに、「これが先ほど見ていた世界なのか?」と目を疑うほど、非現実的で抽象的な世界を描き出してくれるのが、流し撮りの魅力です。ここでは、流し撮り一筋15年、”流し撮りアーティスト”と呼ばれる氏原正智さんが、流し撮りのコツをわかりやすくレクチャーします。基本の設定やフォームのコツから、成功しやすいシャッター速度や被写体の状況、さらにはレタッチとアートの域への誘いと、ステップを踏んで行きます。——流し撮りの沼へ、ようこそ。
STEP 1 :流し撮りはスピード感を表現できる
流し撮りの効果
- スピード感や躍動感を表現できる
- 背景を整理できる(≒ボケ効果)
流し撮りは、ピントを動く被写体に合わせて追従し、本来止まっている背景を流して動きを出す撮影方法です。被写体と同じ速度でカメラを動かすことで、被写体は止まって見え、背景はボケます。流し撮りの効果は、第一にスピード感や躍動感を強調できること。第二に、背景が流れて情報が整理され、被写体が際立つことです。
1/60秒:シャッター速度を速くすると、カメラを動かしても背景はあまりブレません。背景のブレが少ないほど、スピード感は感じにくくなります。また、人物やパラソルなどごちゃごちゃした背景に紛れてしまい、被写体が目立ちません。
1/6秒:シャッター速度を遅くして被写体にピントを合わせ、カメラを動かすと、背景が大きくボケます。上の写真よりもぐっとスピード感が感じられるのがわかります。また、背景がボケることで被写体が際立って見えます。
STEP 2:カメラの設定はシャッター優先AE
流し撮りのカメラ設定
- 露出モード=シャッター優先AE
- AF=動体予測AF(AF-C、AI-SERVO)
- AFエリア=固定(シングルポイント+α) ※トラッキングOFF
- AF特性=ピント優先/「粘る」「鈍感」
- ドライブモード=1枚撮影または連続撮影
❶シャッター優先モードに設定
露出モードは、シャッター優先モードに設定します。シャッター速度を自分で決定すると、適正露出になるようにカメラが自動で絞りを決めてくれるモードです。露出モードダイヤルまたはMENUなどから、「S」(ソニー、ニコンなど)「Tv」(キヤノン)を選びます。最初はシャッター速度を1/60秒程度に設定してみましょう。
キヤノンでは露出モードを「Tv」にすると、シャッター優先モードに設定できます。慣れてきたら、絞りも自分で設定する「M(マニュアル)」モードにすれば、より思い通りの表現ができます。
❷AFは被写体を追うモードに
オートフォーカス(AF)は、カメラのデフォルトの設定では、シングルAFになっています。流し撮りでは、被写体にピントを合わせ続けるAF-C(ソニー、ニコンなど)、AI-SERVO(キヤノン)に設定します。
I-SERVO(AF-C)に設定すると、動く被写体にピントを合わせ続けます。動きものは基本的にAI-SERVO(AF-C)に設定しましょう
❸AFエリアは固定に
AFエリアを固定にすることで、ファインダーの中で被写体を一点に捉え続けることができます。その結果、被写体の動きとレンズの振りが同調する可能性が高くなります。トラッキングモードや瞳認識モードを使用すると、画面の中で被写体が動き、ブレる可能性が高くなります。
AFエリアは固定に。トラッキングモードや瞳認識モードにはしないこと。
❹ピント優先/より粘る方
狙った被写体にピントを合わせ続けるために、カメラの前を横切った被写体にピントが移動しにくい「粘る」「鈍感」などを選択します。
AF特性は中級機種以上のカメラに設定。自動車やバイク、鉄道など速度変化が急速でない被写体は基本的に「粘る」や「鈍感」でOKです。
❺連続撮影は2〜3枚目を狙う
連写することで体がシャッターブレに対応しやすくなるケースもあります。連写する場合は2枚目、3枚目で仕留めるイメージで撮りましょう。
STEP 3:シャッター速度は遅いほど難しい
流し撮りのシャッター速度
- 初心者は1/60秒から始めてみる
- 報道写真は1/250〜1/125秒
- 1/8秒より遅い写真は神ワザの域
レンズの焦点距離や天候、被写体の速さや距離などにもよりますが、一般的には動く被写体を写し止める場合は1/125〜1/1000秒に設定します。報道写真では、1/125〜1/250秒に設定していることが多いです。
はじめて流し撮りをするなら、1/60秒程度からスタートすると良いでしょう。慣れてきたら、1/30秒くらい、さらに慣れてきたら1/20秒、1/10秒と遅くしていきます。1/2秒くらいになるとピントの外れた背景や前景は、ボケと同じように形が認識できなくなります。そうなると、色だけで構成された抽象画の世界に。流し撮りは、背景や前景がたくさん流れているほど難易度が高く、流し撮り界では称えられます。なお、流れ方は、シャッター速度のほか、被写体の速度や被写体との距離によっても変わってきます。たくさん流れるのは、
- シャッター速度:遅い
- 被写体の速度:速い
- 被写体との距離:近い
という条件。シャッター速度が遅く、被写体が速くて距離が近いのに被写体を止められたら、もはや神の域です。
流し撮りのシャッター速度の目安
STEP 4:フォームは体幹を使って体を捻る
フォームのポイント
- 額、左手(肘)、右手の3点で固定
- 脇を締める
- 足は肩幅に開き柔らかく
- ボールを受け取るイメージで体を引く
流し撮りを成功させるには、フォームが大切です。まず、肩幅に足を開いてファインダーを額にギュッと押し当てます。カメラを持つ手(筆者は右利きなので右手)で、カメラをしっかりと保持。そして左肘の3点を固定します。肩の力は抜いてリラックスしつつ、脇はしっかり締めます。レンズを振るというより、体幹を使って上半身を肋骨から、または下半身を骨盤から回転させるように捻ります。被写体を捉えるまではリラックスし、いざ捉えたらフォームを意識して集中を。レンズを「横に振る」というより、センサー面を意識して、向かってくる被写体とセンサー面を「平行」に保つイメージで、「常に被写体を正面で捉える続ける」ことを心がけます。
流し撮りは、「少し体を引く」動作を意識するとうまくいきます。キャッチボールをするとき、ボールをグローブで受ける際にグローブをちょっと引くイメージです。そして、最後は「レンズを振り抜く」。自分の動きを止めようとすると、止める力が働いてブレてしまうので、テニスのフォロースルーのように自然に抜いていきます。
出力方式はDNGを選択
流し撮りの基本フォーム
現像はDxO PureRAWとLightroomで行います。最初にDxO PureRAWでノイズ処理を行います。DxO PureRAWは正確にはRAW現像ソフトではなく、人工知能を使って画像のノイズ処理やレンズの収差補正などを行い、ディテールを残しつつシャープな画像に変換してくれるソフトです。DxO PureRAWでRAWデータを読み込んだら、「光学モジュール」は「該当なし(補正は適用されません)」にチェックを入れます。星空の場合、光学補正を行なうと周辺が補正されて星が伸びてしまったり、イメージ以上に周辺光量を修正されてしまうなどのトラブルになるのでおすすめしません。「該当なし」で画像処理を実行すると、新しくDNGとしてノイズの少ないRAWデータが生成されます。
正面から:額(おでこ)と、右手、左肘の3点でカメラを支持します。脇はしっかり締め、肩の力は抜きます。足は肩幅に開いて、膝をやわらかく。レンズを振るのではなく、体幹を使って身体を回転させるように捻ります。シャッターを切った後も、動きを止めずにテニスのフォロースルーのように振り抜きます。
撮影者の目線:常に被写体 を正面で捉える続けることを心がけます。向かってくる被写体とセンサー面を「平行」に保つイメージで。
背後から:被写体が遠い場合は、カメラを動かす範囲は狭くなります。大型の望遠レンズで流し撮りをする場合は一脚があると楽です。
STEP 5: 安定した速度の状態が狙い目
撮影しやすい被写体の状態
シャッターチャンスはどこ?「加速中」「コーナーリング中」「減速中」?被写体の状態
⬇︎
コーナーリング中がオススメ!
慣れないうちは速度変化の少ないコーナーリング中を狙ってみよう。
コーナーリング中:速度が安定 撮りやすい!
加速中:速度変化があり難しい
減速中:速度変化があり難しい
STEP 6:NDフィルターでシャッター速度をコントロール
NDフィルターのメリット
- 昼間でもシャッター速度を遅くできる
- 絞り込みのデメリット回避(回析現象、センサーダスト)
シャッター速度を遅くする流し撮りは、晴天下の明るい条件だと十分にシャッター速度が落ちないことがあります。1/8秒より遅い流し撮りをする場合などは、NDフィルターを使用して光量を落とすと、シャッター速度に余裕が出てきます。絞り込みすぎによる回析現象や、センサーのゴミの写り込みも回避できます。
NDなし 1/125:1/125秒程度なら絞りもF8程度でおさまることが多く、NDフィルターがなくても流し撮りはできます。しかし、シャッター速度が速いと背景の流れ方は弱くなります。止めて撮るなら環境光が明るいほう良いのですが、流し撮りは暗くしたいところ。
NDあり 1/8秒:1/8秒より遅いシャッター速度にするなら、NDフィルターが必要になります。最初はなくても良いかもしれませんが、慣れてきて難易度の高いシャッター速度にチャレンジしたくなると必要になります。濃度を微調整できる可変式のNDフィルターが便利。
STEP 7:レタッチで被写体を目立たせる
レタッチのポイント
- 輪郭を明確にして被写体を浮き上がらせる
- 流し撮り特有の派手なレタッチ
現像とレタッチの方向性は、「輪郭を目立たせる」ことと、「色を鮮やかにする」ことです。流し撮りはブレが生じるので、輪郭がぼやけます。結像が曖昧になり、コントラストも弱まる傾向に。全体的に絵が薄くなるので、コントラストを思いっきり上げて、被写体の輪郭をはっきりさせます。かなり派手に仕上げる感じで、流し撮り特有のレタッチです。
Before
After
最初に、撮影したRAW画像を確認して、画像のポテンシャルを確認します。暗くくすんでいるものの、車体はギリギリ止まっています。ボディに反射した光の流れが美しく、レタッチで大きく化ける可能性があると判断したので、大胆なレタッチをすることにしました。ざっくりとした現像の計画は、
➀スピード感を演出するために、タクシーの輪郭をしっかり強調する
➁上から青(シアン寄り)、赤(橙)、黄色(タクシー)と色彩が3層構造になっているので、背景は青⇔橙・黄の補色関係を強調して鮮やに演出する
という2点です。この2点を意識しながら、実際に現像をしていきます。
➀ コントラストを上げて輪郭をはっきりさせる
現像とレタッチの方向性は、「輪郭を目立たせる」ことと、「色を鮮やかにする」ことです。流し撮りはブレが生じるので、輪郭がぼやけます。結像が曖昧になり、コントラストも弱まる傾向に。全体的に絵が薄くなるので、コントラストを思いっきり上げて、被写体の輪郭をはっきりさせます。かなり派手に仕上げる感じで、流し撮り特有のレタッチです。
❶露光量で明るさを確認
適正露出まで明るくすることで、どこまで色を切り取れているか全体の撮れ具合を確認します。ここでは「+1.40」まで上げました。
❷トーンカーブでコントラストを調整する
タクシーの輪郭が際立たせます。タクシーのボディの明るさを中心にコントラストを上げます。ボディの明るさに作用するトーンカーブが、急な角度になるよう調整をしていきます。
❸色温度で色味を整える
タクシーのボディが鮮やかなネオンイエローに、上部の青い光跡がブルーからシアンへ変化する中間あたりの色合いになるよう、色温度を調整します。
❹階調の微調整
タクシーのライトやホイールなど、ハイライト部分の白とびや、シャドウ部分の黒つぶれを調整します。明瞭度や彩度はバランスが崩れない程度に強調します。やりすぎて破綻しないように注意しましょう。なお。スローシャッターの流し撮り写真はもともと大胆にブレているため、画質の劣化はあまり気にする必要がないケースが多いです。
❺全体を微調整
トーンカーブ以外の❶〜❹を、バランスを見ながら繰り返し微調整します。
➁ 段階フィルターで色にメリハリをつける
❻段階フィルターで上層を調整
背景の3層構造(上層の青い部分、上層の赤い部分、タクシーの黄色)を完成させるために、層ごとに段階フィルターで調整します。色温度を調整し、ややシアン寄りの青とオレンジ色の補色関係を強調します。
❼段階フィルターで地面に反射した色を引き出す
レタッチをしていると、タクシー下部の路面に、マゼンダが反射していることに気付きました。この部分と、タクシーのグリーン寄りのイエローの補色関係を際立たせるために、画面下部に段階フィルターをかけました。露光量を上げて色温度を強調します。
風景写真などではあまり行わないレタッチですが、流し撮り特有の眠さと地味な色を整えることで、カラフルで楽しい流し撮りアート作品になりました。
STEP 8:流し撮り+技でアートの域へ!
流し撮りに慣れてきたら、シャッター速度を遅くして変態域にチャレンジしてみてください。成功率アップの秘訣は、とにかくたくさん撮ること。1/8秒より遅い領域でも、100枚くらい撮れば、1枚くらいは「おおっ!」と感動する軌跡の写真が撮れると思います。
変態域の技として私が得意としているのが、「彗星流し」という手法です。1/10秒以下のスローシャッターで流し撮りをし、シャッターが閉まる直前に被写体を追い越します。ちょっと難しく感じるかもしれませんが、レンズを振る最後のひと振りを、サッと素早く行うだけです。これも言葉で説明すると難しいので、動画で見ていただければと思います。
その他、広角レンズを使った広角流しや、弧を描くようにカメラを回転させる振り子流しなど、シャッター速度のほかにレンズや振り方、背景を変えることで、さまざまな表現ができます。「アート写真が撮れたらラッキー♩」くらいの気持ちで、まずは街中を走る車や自転車などで試してみてください。街のネオンなど背景がカラフルなところで夕方以降に試すと、想像以上に鮮やかな1枚が狙えます。
広角流し:広角で被写体を小さくとらえつつ、背景を大胆に流す広角流し。広角は被写体のブレが目立ちにくい反面、スローシャッターでしっかりと流さなければ背景も綺麗に流れません。空が白とびしやすいため、天候や太陽の向きも意識してアングル、構図を取りましょう。
振り子流し:弧を描くように走る被写体の動きに合わせてレンズを振る振り子流し。難易度はとても高いですが、カメラが天井から糸で吊られた状態をイメージして流すと成功率が高まります。
氏原正智 Masatoshi Uzihara (Uzzy)
フォトグラファー/ITエンジニア
1976年生まれ広島県出身。芝浦工業大学卒業後ITエンジニアとして働く傍らクルマ好きが転じてサーキット、息子の自転車競技などを撮影。日本流し撮り研究所にて流し撮りの撮影技術を学び、主宰する秋ヶ瀬スローシャッターにてオリジナル夜景撮影術を考案。東京カメラ部10選2017に選出。東京カメラ部2018写真展出展。日本流し撮り研究所研究員。秋ヶ瀬スローシャッター主宰。ヒーコ(XICO)にてコラム寄稿中