Road to 24fps !! 第13回 フォーカスコントロールとシネマレンズ 〜フォーカスが動く、気持ちも動く〜
〜写真カメラマンから動画カメラマンを目指す〜
みなさんこんにちは。
Road to 24fps!! 第13回は、カメラワークシリーズ最終回!フォーカスコントロールとシネマレンズについてです。
え?フォーカスの動きってカメラワークなの?と驚かれた方もいるかもしれませんが、動画撮影において、録画中はカメラに映る全てのものが表現に繋がりますので、もちろんフォーカスの動きも例外ではありません。
動画におけるフォーカスコントロールは、感情表現すらできてしまうとても奥深いカメラワークなのです。
フォーカスコントロールと密接な関係がある、映像専用のシネマレンズについてもご紹介していきます。
フォーカスコントロールによるカメラワーク
スチルカメラマンが写真を撮る時、フォーカスリングを回してどこにピントを合わせるかを考えたり、フォーカスを甘くしたり、絞りでボカシ具合を調整したりと、フォーカスは写真表現に密接に関係しています。
特に背景をボカすことは主題を際立たせたり、2次元の画面内に奥行きを表現する方法の一つでもあります。
動画においてもこれらの役割は同じなのですが、録画中はリアルタイムでフォーカスの動きが収録されるため、どのタイミングでどのくらいのスピードでフォーカスを動かすか、という要素が加わってきます。
フォーカスを動かすことは、目の焦点移動を擬似的に再現している形になり、視聴者の視線を誘導したり、目眩などの主観的な表現を行うこともできます。
これら全ての要素をシーンに合わせて制御する事が、フォーカスコントロールによるカメラワークということになります。
文章で書いてもイメージしにくいと思いますので、参考になる映画を一つご紹介します。
色々と話題になっているクリストファー・ノーラン監督作「オッペンハイマー」です。
私も劇場で観てきたのですが、前情報として会話シーンの大半がバストアップ以上の被写界深度の浅い「クローズアップ」カットで撮影されているというものでした。
実際観た感想としても、会話シーンはひたすら顔!顔!顔!と、演者の顔の動きをこれでもかと見せつけられる映画でした。
これは、視聴者が演技者の表情の繊細な動きに注視することができるため、オッペンハイマーという天才がどの様に考え、どう感情が動くのかを感じ取って欲しいという意図が反映された為です。
しかも、ディオプターというクローズアップフィルターを加えている為、合焦距離は極端に短く、その結果焦点が合っては外れ、合っては外れを繰り返します。
正直観ていて疲れましたが、揺れ動くフォーカスは様々な演技者の感情の動きを表現していて、感情移入しやすい印象でした。
大掛かりになるほど分業化される動画の撮影現場では、フォーカスをコントロールするフォーカスプラーという職業が存在します。
その名の通り、フォーカスを送る事が最大の使命です。
しかし、単純にフォーカスが合っていれば良いというものではなく、先ほどの様にシーンに合わせて適切なタイミング・スピードでフォーカスをコントロールできなくてはなりません。
日本ではフォーカスプラーはアシスタントが兼任する事がほとんどですが、ハリウッドなど海外の撮影部隊には専門職として存在します。
一流のフォーカスプラーは、ファインダーやモニターに頼らずほぼ目測でフォーカスを合わせ続ける事ができるそうですが、このオッペンハイマーの様に、被写界深度が極端に浅いクローズアップ撮影はかなりの技量が必要だったと思います。
話を戻しますが、このフォーカスプラーのフォーカスコントロールが、演技者の感情の動きや状況の説明などのカメラワークとして作用してくる、というわけです。
ここまで繊細なものは、ワンマンオペレーション撮影では厳しいと思いますが、フォーカスコントロールを行ううえで、これらの表現について知っておくことは、表現の幅を広げてくれるとても良い勉強材料だと思います。
オートフォーカスとマニュアルフォーカス
※以下オートフォーカス→AF、マニュアルフォーカス→MFと表記。
最近のカメラの、動画撮影中のAF性能は格段に上がっており、顔認識機能と合わせて非常に正確にフォーカスを合わせ続けてくれます。
ワンマンオペレーションでの手持ちやジンバル撮影においては、欠かせない要素です。
しかし、そんな優秀なAF性能ですが、不得意な場面も存在します。
ここでは、動画撮影におけるAFとMFの利点と欠点を列挙し、撮影シーンに合わせてどちらを使えば良いかの判断材料にしていただければと思います。
◯AFの利点
・顔認識機能があれば、被写体にフォーカスを正確に合わせ続けてくれる。
・画面のタッチフォーカスを組み合わせれば、フォーカス送りも簡単・正確にできる。
・フォーカスの反応速度も調節できるカメラなら、人が送る様な、自然なフォーカシングが可能。
× AFの欠点
・被写体の前を横切る(シャッターする)ものがあるとピントを取られる。
・凹凸の少ない白い壁などを撮ると、ピントが迷う。
・被写界深度が浅い寄りの撮影の場合、意図した場所にピントを合わせる事が難しい。
・アウトフォーカスへの移行など、フォーカスを合わせない表現には不向き。
◯MFの利点
・オペレーターの意図通りのフォーカシングができる。
・誤作動が無い。
×MFの欠点
・ジンバルや手持ち撮影など、ワンマンオペレートしながらだと結構難しい。
・利点でもあるが、全てはオペレーターの腕次第。
この様に両者利点と欠点があり、現場によってどちらが適しているかは判断が別れるところでありますが、フォーカスコントロールを学ぶには、やはりMFで自分でコントロールする事が第一歩だと思います。
ちなみに、最近ではマニュアルレンズをAF化できる機材(LiDARというレーザースキャン技術)なども発達してきており、うまく切り替えができるように工夫すれば、両方の美味しいところを利用できる可能性もあります。
上手に利用して、自分に合ったやり方を見つけてください。
シネマレンズ
シネマレンズ(シネレンズとも言う)とは、映画や広告映像に使われる動画撮影専用のレンズのことです。
専用と書いたのは、動画撮影に特化した光学的な調整や、機械的な機構が盛り込まれているからです。
そもそもスチルレンズとシネマレンズは、内部構造自体が全く違います。
スチルレンズは電子制御のモーターによるAFの精度・速度を優先しているため、フォーカス送りの精度は重要視されていません。(そもそもスチル撮影にフォーカスを送る動作の精度は重要ではありません)
対してシネマレンズは、「フォーカスを送る」ことに非常に重きを置いています。フォーカスの動きはそのまま映像表現に直結するため、よりダイレクトな操作が可能な機械式(歯車による物理的な)駆動が採用されています。
その他、「フォーカス送り」に不要な要素を取り除く為の調整や、撮影を円滑に進める工夫が施されており、その代表的な特徴をご紹介します。
フォーカスブリージングが少ない
フォーカスブリージングと呼ばれる、フォーカスを動かすと画角が変わる現象を限りなく小さくなる様に調整されています。
これにより、アウトフォーカスからピントを合わせても、違和感がない映像が撮れます。
スチルレンズはこれを抑える必要は無い為、結構盛大に大きさが変わります。
ズームしてもピントがずれない
ズームレンズの話ですが、一度合焦させてからズーミングしても、ピントが外れにくくなっています。
T値の採用
シネマレンズには、F値の代わりにT値が採用されています。
F値はレンズの焦点距離を有効口径で割った、計算上の数値なのに対し、T値はそこにレンズの透過率(センサーに届く実際の光の量)を計測し反映しているため、同じレンズシリーズの間でレンズ交換をしても、T値が同じであれば露出が変わらないという特徴があります。
これは、シーンごとに頻繁にレンズ交換を行う映画撮影にとっては、非常に有難いシステムです。
ギアリング
フォーカス、ズーム、アイリスそれぞれの調節リングに、ギザギザの付いたギアが予め装着されています。
これを利用して、フォーカスコントローラー(フォローフォーカス)という電動モーター式の機材によってそれぞれの値をワイヤレスで制御する事が可能になります。
レンズ前枠径が揃っている
シネマレンズはねじ込み式のフィルターではなく、マットボックスというフィルターを複数装着できる機材によって、フィルター効果を重ねがけします。マットボックスはレンズ前枠に固定するため、前枠径がシリーズで揃えられています。(超広角域のみ違ったりしますが)
PLマウント
ARRI社が開発したシネマカメラの専用規格です。Positive Lockの略です。スチルレンズは、レンズ自体を回してカメラに取り付けますが、PLマウントはレンズを動かさずにロックネジで締め込んで固定するため、社外レンズでもガタつきが限りなく少ないです。
※NiSiからもATHENA PRIMEシネマレンズシリーズが発売されました。1本ずつの価格はスチルレンズと大差ないにもかかわらず、非常に高画質を維持しつつシネマレンズの特徴をちゃんと備えています。
正直、この仕様はかなりのゲームチェンジャーになり得ると思います。
私も5本セットで購入しましたが、写り・操作性が良く、コンパクトで重量が揃っているので、ジンバル撮影でもとても重宝しております。
シネマレンズの凄さを手軽に味わう事ができるので、興味がある方は是非お試しいただきたいと思います!
小話 スチルレンズにするかシネマレンズにするか
シネマレンズの特徴を列挙しましたが、描写力についてはスチルレンズも引けを取りません。
最近では、動画撮影におけるスチルレンズのAF性能も劇的に向上し、ミラーレス系カメラとの相性も抜群ですので、機材のコンパクト化や人数の少ないスピード重視の現場ではかなり重宝されます。
また、マウント変換も豊富でオールドレンズが手軽に使える為、味のある表現にも手を出しやすいというメリットもあります。
逆にシネマレンズの魅力1つが、「シリーズ毎に描写が揃う」ということがあります。
スチルレンズは、シリーズも焦点距離もバラバラに1本ずつ発売されていくため、同じシリーズでも発売年が大きく違い、描写もバラバラです。
対してシネマレンズはシリーズ毎に描写が揃えられていて、まとめて発売されます。
なので、高額なレンズをレンタルで使う時も、シリーズで選択します。
NiSi ATHENAシリーズがまとめて発売されたのも、この理由からです。
このように、スチルレンズ・シネマレンズともに一長一短がありますので、撮影毎にレンズ選びは毎回非常に悩みます。
大規模な部隊編成になると、カメラ本体とレンズとで予めルックの確認撮影を行い、それぞれどれを使用するかを決めます。
ここに関しては、パソコン上でルックをすぐ調整できるスチル撮影とは、結構考え方が違うところだと思います。
フォーカス表現を勉強したいとお考えなら、まず初めは手持ちのレンズのマニュアルフォーカスから始めて、フォーカス送りの感覚が掴めてきたらシネマレンズを取り入れてみる、という順番で良いと思います。
フォーカスコントロールの表現に慣れてくれば、撮影がより楽しくなりますので、沢山練習して習得していただければと思います。
今回で、カメラワークシリーズは最終回となります。基本的なものを中心にご紹介してきましたが、まだまだたくさんのワークは存在します。
色々試してカメラワークの引き出しをどんどん増やしていきましょう!
次回は、シネマレンズからの流れで、動画のセンサーとアナモフィック撮影についてです。
北下 弘市郎(KOICHIRO KITASHITA)
映像・写真カメラマン・撮影技術コーディネーター
1986年 大阪生まれ。大学では彫刻を学び、写真スタジオのアシスタントを経て独立。
2020年 株式会社Magic Arms 設立。
音楽・広告・ファッション・アートなどを中心に、ムービー・スチル撮影を行う。
撮影現場の技術コーディネートや機材オペレーターなど、撮影現場に関する様々な相談に対応する。
古巣の株式会社 六本木スタジオにて、映像撮影の講師にも従事。