Road to 24fps !! 第12回 特機と運動視差 〜カメラワークの強い味方たち〜
〜写真カメラマンから動画カメラマンを目指す〜
みなさんこんにちは。
Road to 24fps!! 第12回は、カメラワークシリーズ第4弾!特機と運動視差についてです。
今回ご紹介する特機とは「特殊機械」の略で、レールやクレーン・ジンバルなど、カメラを搭載してカメラワークの補助をしてくれる機材のことです。
「特機」という文字を見て、映画やCMのメイキング映像に出てくる大掛かりな機材達をご想像されるかもしれませんが、実は大きさだけでなく種類・役割も様々で、小型で1人で扱えるものもたくさんあります。扱えるようになれば撮影現場のとても心強い相棒になってくれます。
まず、特機の効果を引き出す上で知っておいていただきたい、運動視差についてご説明していきたいと思います。
カメラの動きと運動視差
カメラワークは、状況説明・ストーリーテリング・感情表現など様々な役割を担うことができますが、もう一つ大事な要素が画面内の「空間表現」です。
画面内の「空間表現」とは、簡単に言うと奥行きを感じさせる手法のことです。
視聴者が画面で観る映像は2次元ですが、奥行きを感じさせるカメラワークを行うことで、撮り手側が意図する空間の広さを表現したり、登場人物の存在感を出したり、対象物との位置関係を把握させたりと、様々な効果が期待できます。そしてカメラマンは、カット毎にこれらの効果を的確に引き出す必要があります。
では視聴者に、2次元の画面内で奥行きを感じさせるにはどの様にすればよいのでしょうか?
まず人の目の奥行き把握の原理ですが、人の目は左右ほんの少し離れた位置から対象を見る様に付いていて、その見え方のズレを脳内で処理して遠近や立体感を感じることができます。対して単眼のカメラは一つの視点からの風景しか記録しないため、そのままでは奥行きを把握し辛いものとなるのですが、解決方法が幾つかあります。
まずカメラを動かさずにできる方法が、レンズのボケを利用することです。これについては、スチルカメラマンにとっては当たり前のことだと思いますが、映像用のレンズである「シネマレンズ」と関係が深いので、次の回でお伝えします。
2つ目は3D撮影です。特殊な左右二眼のレンズ(もしくはカメラ2つ)を用いて撮影し、視聴者が専用の3Dメガネを着けて観ることで立体視ができる方法です。これは映画館での上映方法としては割とよくあるので、ご覧になった方も多いと思います。
この方法は、今回の主旨であるカメラワークから少しズレてくるため、特殊事例として割愛させていただきます。
3つ目が本題の、カメラ自体を動かす事でその効果を狙う方法です。
写真と違って時間軸が存在する動画では、録画中はカメラ自体を動かすことができます。その動作に伴って視点も動くため、画面内に奥行きの表現が生まれます。
ここで出てくるキーワードが「運動視差」です。
運動視差とは、観察位置の変化に伴って近い対象物と遠い対象物の見え方が変化することです。
例えば動く電車の車窓から見える景色が近いものは速く、遠いものはゆっくり動いて見えますが、この見え方の違いで人は遠近感を感じることができるというものです。
これをカメラの動きに当てはめて、違いを見てみましょう。
下の動画をご覧ください。動きが似ているドリーワークとパンワークを並べています。
ドリーワークは電車と同じ様にレール上にカメラを載せ(レールの代わりにジンバルでも可)、カメラを振らずに横向きの一定方向に動かします。丁度車窓から外を観る様な感じです。カメラから距離の違う物を画面内に配置します。
すると近くのものは速く、遠くのものは遅く動きがズレて映ります。
パンワークは、カメラを三脚に載せてドリーワークと同じ方向にパンニングしてみます。
両者とも動きは似ていますが、どちらが立体感を感じますか?
ドリーワークの方が奥行きを感じませんか?
では今度は、前後にレールを敷いたドリーワークをしてみましょう。
画面中央に被写体を配置し、被写体に寄っていくようなワークをします。
比較として、被写体に寄っていくという意味では同じズームワークを並べます。
こちらも被写体に寄っていくにつれ、カメラに近い景色が素早く手前に迫って過ぎて行くのに対して、遠くの景色はゆっくりと動いて見え、立体感を感じると思います。
対してレンズでズームインすると、被写体は大きくなったり小さくなったりはしますが、画面全体では立体感は感じにくいと思います。
これらの違いが運動視差による効果で、ドリーワークに限らず、カメラ自体の場所(視点)が移動することによって視差が生まれ、2次元の画面内に遠近感・奥行きを表現することができます。
また、カメラの動く速度や移動距離によっても感じ方が変化します。
特機を選ぶ際に気を付けたいポイントは、運動視差の効果は被写体との距離やレンズの選択によって変化するということです。
- 被写体と背景の距離が近すぎる。(壁の前など)
- 被写体とカメラの間、背景に何も写り込みがない。(ヌケが空など)
- 望遠レンズによって、背景の写る範囲が狭い。
- 背景がボケすぎている。
この様な状況では、被写体に対して視差による見え方のズレが起こりにくい(感じにくい)ため、効果が十分に発揮されません。
特に85mm以上の望遠レンズを使う場合は注意が必要です。
圧縮効果で背景の範囲が狭く、ボケが強くなりやすいため移動距離や速度を相当量確保する必要があります。
表現したい空間に対しての、レンズ選びやカメラの動かし方をしっかりと把握しておきましょう。
特機を使う場面
特機は、この運動視差の効果を最大限に引き出してくれる便利なツールです。
人工的な機械を利用するため、手ブレなどの余分な振動が抑えられ、予め決まった直線や曲線の動きをカメラに正確にトレースさせ、再現性を持たせる事もできます。
人の手で直接操作する場合は、ある程度人の息遣いや感情表現を取り入れることもできますし、完全に電子制御すれば正確で無機質な動きを提供してくれます。
このように表現に合った適切な特機選びは、映像的な空間演出に欠かせません。
もちろん、なんでもかんでも特機に載せれば良いという物ではなく、人の顔や目の動き・息遣いなどを表現するには手持ちが良かったり、三脚で固定した方が静かな場面には有効だったりと、表現したいシーンによって、使い分けをしていく必要があります。
特機の種類
特機の種類は、ワンオペで扱える小型のものから、プロのオペレーターに来てもらわないと扱えない複雑で大型なものまで多種多様です。
大まかなジャンル分けになりますが、いくつかご紹介します。
ドリー(レール・スライダー)
カメラを載せるための台車をドリーと言います。車輪を専用の物に交換すれば、レールに載せることもでき、大型のものは人も乗る事ができます。
移動しながら撮影する際の余分な振動を抑え、直線・曲線的動きに正確性を持たせることができ、構造もシンプルなので、動きや映りの想定がし易いこともメリットの一つです。
カメラのみを乗せる小型のレールをスライダーとも言います。
大型のものはドリーを押す人、カメラを操作する人、など操作には複数人必要になります。
クレーン(ジブアーム)
特機と言えばこれ!と言いたくなるような、見た目も大掛かりに見える機材です。
三脚(土台)に乗せた可動式のアームの先端にカメラを乗せ、上下左右の三次元的な動きを可能にします。
カメラと反対側に相当数の錘を載せる事でバランスをとっているので、力を必要とせずスムーズに可動し、任意の場所で静止させたりもできます。
大型のものがクレーン、小型のものをジブアームと呼び、電動でアームが伸縮するテクノクレーンというものもあります。
レールにクレーンを乗せたり、先端部にジンバルなどを組み合わせることで、より自由度の高い複雑な動きをさせることも可能です。
セッティングには手順があり、割と時間がかかります。こちらも1人では扱う事が難しい機材です。
電動ジンバル
ここ10年くらいで急激に普及してきた、割と新しい特機です。
ブラシレスモーターという電動制御機構によって、搭載したカメラの振動を抑えて、スムーズなカメラワークの補助をしてくれる、非常に便利な防振装置のことです。
小型化が進み、ドローンや小型カメラにもジンバル機構が組み込まれる様になりました。
最近では低価格でも高性能なものが多く、少し練習すれば誰でも扱えるため、動画を始めて最初に購入する人が最も多い特機だと思います。
余談ですが、電動ジンバルの元はステディカムと呼ばれる、人が装着するバネの入ったアームと錘でバランスを取って移動時のカメラの振動を抑える機材です。映画を始め、サッカーなどのスポーツ中継やミュージックビデオなどでも使われています。
ステディカムは商標登録された名称ですが、その始まりは1972年と古く、シルベスタ・スタローン主演映画「ロッキー」やスタンリー・キューブリック監督の「シャイニング」などにも使用されています。
※上記3点が最も基本的な特機となりますが、他にもドローン、車載、リモートヘッドなど、用途に合わせた特殊機材の種類はとても多くあります。扱えれば撮影の幅が大きく広がるので、少しずつご自分の撮影に取り入れていっていただければと思います。
特機を撮影に取り入れる準備
私も今まで特機は一通り経験してきましたが、どの特機も初めて撮影現場で使う時はワクワクと同時にとても不安がありました。
私が最初に買った特機は80cmの小型スライダーで、比較的扱い易い機材ではありましたが、三脚からの載せ替えに手間取ったり、いざ動かすとなると一定のスピードが保てなかったり、動き出しがぎこちなかったり、、、と、実戦では様々なトラブルや問題にぶち当たりました。
ジンバルも、今の様なブラシレスモーターが搭載される前はベアリングと錘だけでバランスを取るアナログなものだったので、今より扱いが難しくかなりセッティングに時間がかかりました。
特機は正しく扱えば、手持ちや三脚では出せない感動的な絵作りを提供してくれる便利な機材です。
しかし、組み立てや設置には順番があり、相当の事前準備と練習が必要になります。
もしお仕事でご使用の際は、予めトラブルを予測しておくことも大事だと思います。
私も初めて、もしくは久しぶりに触る機材の現場投入前には、前日までに一通り組み立て手順の確認や操作の練習を必ず行います。
事前準備は面倒ですが、上手く扱えるととても撮影が楽しくなり現場も盛り上がるので、是非トライしていただければと思います!
小話 現場の特機運用は時間との戦い
私の仕事の場合、MVやPV・WebCMなどイメージ系の撮影が多いので、特機を扱う機会が結構あります。
特にMV撮影は、撮影時間がタイトな場合がほとんどで、特機を入れ込むタイミング次第で作品のクオリティを大きく左右する場面が多々あります。
特機のオペレーターに入ってもらえば、セッティングもオペレーションもカメラ以外は全て任せることができるのですが、時間や予算の関係もあって自分達で全て行わないといけない場合、運用は時間との戦いになります。
組み上げる時間、カメラを載せてテストする時間、載せ替えや解体する時間、全て計算に入れなければなりません。
もちろん時間がシビアな撮影では、組み上げや載せ替えにモタついたりすることは絶対NGですので、初めて扱う機材や久しぶりの場合は事前にテストを行う必要もあります。
カメラのリグなどのセッティングもそうですが、特機を扱う場合も撮影前に予め一度一通り組み上げて、運用テストを行うことを強くお勧めします。
動画の現場では、ネジ一本でも足りないと大きく時間をロスする可能性があるからです。
次回は、カメラワークシリーズ最終回!動画のフォーカスコントロールとシネマレンズについてです。
北下 弘市郎(KOICHIRO KITASHITA)
映像・写真カメラマン・撮影技術コーディネーター
1986年 大阪生まれ。大学では彫刻を学び、写真スタジオのアシスタントを経て独立。
2020年 株式会社Magic Arms 設立。
音楽・広告・ファッション・アートなどを中心に、ムービー・スチル撮影を行う。
撮影現場の技術コーディネートや機材オペレーターなど、撮影現場に関する様々な相談に対応する。
古巣の株式会社 六本木スタジオにて、映像撮影の講師にも従事。