被写体探しの視点が変わるフィルターワークの魅力
写真家 横田裕市
優しく落ち着く写真――横田裕市さんの写真作品を初めて見たとき、そのような印象を持つ方は多いのではないでしょうか。横田さんのお名前を聞いて、フィンランドのオーロラ写真を思い出す方は多いかもしれません。今回ご紹介いただく海の写真も、例に漏れず、いつまでも見ていたい作品に仕上がっています。その撮影の秘密をお伺いしました。
「ずっと見ていられて落ち着ける写真」を常に意識
——— 横田さんといえば、IPA(International Photography Award)で世に出たオーロラの作品が知られていますが、最初から写真家志望だったのでしょうか。
大学を出て、1年半ほどサラリーマンをしていた時期はあります。写真家として独立したのはその後です。ただ、写真に関することを仕事にしたいという思いはずっと持っていました。独立してからは、学生時代にやりたかったこと、できなかったバイトをやったりしながら仕事をしていました。一番好きな風景写真で食べていきたいとは思っていましたが、当初は家族写真を中心に仕事をしていました。
——— 写真家としての「転機」はいつ頃訪れましたか?
TwitterやInstagramが広く普及してからでしょうか。時代が追いついたのか、風景の仕事も入ってくるようになりました。一番の転機といえば、やはり2015年末から2016年にかけてのフィンランド訪問です。フィンランド政府観光局とフィンエアーの大きな観光プロジェクトで、世界で5名(日本、中国、韓国、ドイツ、イギリスから1名ずつ)が選ばれました。真冬のフィンランドを3カ月かけて周遊しながら体験を発信するプロジェクトでしたが、私がその日本代表に選ばれたんです。フィンランドから幹部が日本に来てくれて、最終選考者として頑張って英語で面談しましたね。
現地ではオーロラを見たり犬ぞりを体験したりしました。現地でのそのような体験をSNSで発信していましたが、3カ月にわたる滞在だったので、単なる旅行にとどまらないかなり濃い体験をすることができました。真冬のフィンランドは、どこに行っても真っ白な景色。なかなか見られない白銀の世界は本当に魅力的でした。そのときに撮影した写真がフォトコンテストで入賞したり、グローバルに拡散されたりしたんです。
同じ2016年にはブータンと日本の国交30周年を記念する観光誘致プロジェクトの代表として現地に渡航しました。これも印象深い旅でしたね。私自身、風景が好きだから旅も楽しいんです。撮影を目的としていたわけではありませんが、さまざまな場所を旅行していました。
——— Appleの広告にも写真が使われましたよね。
2016年は写真家としてかなり「フィーバー」したときで、Apple Japanの「Shot on iPhone」にも私の写真が使われたのも、その年でした。私からアクションを起こして応募したのではなく、Appleが私の写真を見つけて選んでくれました。そんなこともあるので、私自身、作品のアウトプットをとても重要視しています。写真はノンバーバルで誰にでも見てもらえるので、いい写真はどんどん広まります。だから、作品発表のプラットフォームは日本にとどめないことを意識するようにしています。
FacebookやInstagramなど主要なSNSはもちろん活用しますが、海外の人が見ている投稿型のメディアに記事を書いたりもしています。ある記事をほかのメディアが見つけて転載してくれたり。例えば私が記事を投稿するBoredPandaなどは、運営サイドもまめにチェックしているようで、英語のテキストが微妙だと手直しのオファーが来たりします。
——— では、横田さんの撮影スタイルについてお伺いします。全体として、彩度を抑えたフィルムで撮ったような雰囲気です。青も印象的ですね。
フィルムというのは初めて言われました。実は完全なデジタル世代で、フィルムで撮ったことはないんです。でも、青の表現はいつも気にしています。彩度も高くなり過ぎないように気を付けていますね。以前は派手な色彩の風景写真がネット上でバズっていましたが、最近は淡い写真も伸びるイメージがあります。私自身は「ずっと見ていられて落ち着ける写真」を常に意識しています。
時間をかけることで見慣れた風景が生まれ変わる
——— 今回紹介する作品についてお伺いします。まずは1枚目。北海道の余市町にある「えびす岩」とのことですが。
これは、フィンランドの写真展の巡回展が札幌で開催されたとき(「横田裕市写真展:フィンランド 冬の光」、2019年4月13日~25日、ソニーストア 札幌)に撮った一枚です。現地に詳しい知人の案内でこの場所を訪れたんです。独特な形をした岩で、あと何年くらい立っていられるだろうと思いながら撮影しました。
私自身、水面をなだらかに静かに撮るのが好きで、ここでは水面に淡く溶けていくえびす岩を表現したいと思いました。縦長の被写体の主張が非常に強いので、日の丸縦構図で中央に岩を配置しました。縦にしたことで、余計な情報が入ることなく岩に視線が行くように気を付けました。手前の砂浜を広く入れたのは、砂浜からずっと行くとえびす岩があるという雰囲気が伝わる、奥行き感のある構図にしたかったからです。
——— 空のグラデーションも心に残ります。
朝焼けの時間帯の空の色や岩の陰影。現地の人は普段見慣れた風景なのかもしれませんが、長時間露光で捉えることで、静かで穏やかな印象の風景にできたのではと思っています。
SONY α7R II, ZEISS Batis 2.8/18, f13, 152秒, ISO 100, CPL + ND1000
——— 次は三重県の写真です。撮影スポットとしてはかなり知られている場所だと思います。
夫婦(めおと)岩ですね。私自身、昨年初めてお伊勢参りをしたのですが、その最初のみそぎをするのがこの場所にある神社なんです。このときは朝一に撮影をしてからお参りしてきました。ちょうどゴールデンウィークの時期で人出が多く、天気も良かったため夜明け前から駐車場も満車でした。実際に写真に撮ってみると、絵になるところでやはり感動しました。
——— この作品も、静かな水面が印象的です。
実は普通にシャッターを切ったバージョンと長時間露光のバージョンの、2つがあるんですが、前の写真のえびす岩と同じで、これも水面がなだらかになった後者が好みでした。岩が浮き出して見えるようで、自分自身、プリントして飾りたいくらいです。
標準ズームの望遠寄りで撮影し、周囲の不要な部分を省きつつ、空の色、海の反射を捉えています。暖かみのある空の色が良かったですね。私は雲一つない天気より、少し雲が出ていて空に表情があるのが好きですが、このときは右手から鳥居に向かって雲が少しかかっている感じで、こいういう偶発的な面白さも風景写真の魅力だと思っています。
SONY α7R II, SEL2470GM, f22, 30秒, ISO 50, CPL + ND64
——— 次も岩の写真ですね。海辺の岩がお好きですか?
岩というより、岩と鳥居の組み合わせが好きなんです。この写真は、仕事で香川に行ったときに撮りました。他の方の投稿で以前見て知っていた近隣県のロケーションなんですが、いざ現地に着いてみると、そこは交通量のある道路沿いで……。撮影のために自分は車の邪魔にならないように、私は少し離れた場所に待機して、リモートコントロールでシャッターを切って撮影しました。
——— 岩から鳥居、太陽までの一直線に並ぶ力強い構図です。
初めて訪れた場所でしたが、ちょうど太陽が鳥居の向こうに来るいい時期でした。空のソフトな色のグラデーションを見せ、長時間露光をすることでシャープな岩のたたずまいを浮き立たせる。水面の描写に「静」が加わり、自分でも心が落ち着く写真に感じられます。また、手前の海も青が出るように調整して撮影しています。写真の現像も空と海とで別々に調整するなど、手をかけた一枚です。
SONY α7R II, SEL2470GM, f8, 60秒, ISO 100, CPL + Medium GND16
光が強い時間帯でも、切なく、はかなく
——— 最後は3枚まとめてお話をお伺いします。同じ場所で撮った写真ですよね。
地元福島県いわき市の波立海岸で撮った写真です。ここは初日の出を撮りに行く定番スポットで、現地では有名な場所のため、このときも人はそれなりに多かったですね。浜は広いので、人がぎゅうぎゅう詰めになることはありませんでしたけれど。
写真で見て分かるとおり、鳥居のある岩(弁天島)には橋を渡って行くことができますが、この朝は波が高くて、それが幸いしました。撮る年によっては人が大勢写り込みますが、この日は鳥居側に人が一人もいなかったんです。
1枚目の日の出前の撮影では、荒い波の動的なテクスチャーを残しつつ、雲海のような静かで幻想的な雰囲気を表現しました。空のグラデーションも最高に美しかったので、それも入れつつ……。三脚は波をかぶることがない位置にセットしましたが、撮影中に足はずぶ濡れになりました。三脚が動かないようにウェイトを使ったりして、三脚が動かないようにする工夫も忘れませんでした。
——— 2枚目と3枚目はその後に撮っていますよね。陽光が見事に強調されています。
2枚目と3枚目は、日の出後に太陽の動きに合わせて移動しながら撮影しました。2枚目は少し下がって、光の道を強調したくて、水平線の下を広く取って砂浜の岩もシルエットで入れる構図にしています。このときはPLフィルターの効果を生かして、周囲の水面の反射を取り除いています。太陽、光の道と砂浜の岩。これらがしっかり強調されるように工夫しました。
3枚目は2枚目よりさらに視点が下に向いています。波打ち際と岩だけのシンプルな構図で、モノクロのように見えますが、カラーです。海面のキラキラした光から砂浜の石まで、色ではなくテクスチャーのグラデーションを表現しました。波を被った岩は少しかすんで見えているのも面白く、これも長時間露光の効果です。
風景写真を撮っている多くの人がそうだと思いますが、私も朝と夕が好きな時間帯です。どこか切ない感じがするからでしょうか。そして、光が強い時間帯でも、切なく、はかない表現をするのが好きなんだと思います。
SONY α7R IV,SEL2470GM, f10, 73秒, ISO 100, CPL + ND1000
SONY α7R IV,SEL2470GM, f10, 73秒, ISO 100, CPL + ND1000
SONY α7R IV, SEL2470GM, f10, 80秒, ISO 100, CPL + ND1000
被写体探しの視点が変わるフィルターワーク
——— ところで「写真の自分らしさ」とは、どう出せばよいと思われますか。写真を生き甲斐としている方がよく突き当たる疑問だと思います。
何を撮るのかにしてもそうですし、写真に収めた被写体や構図が、自然と自分らしさを形成しています。その人そのものが写真に込められています。それをより強調したり整えたりするために、写真をレタッチするという行為もあります。色使いや構図に、わずかでもこだわりがあればそれが積もりに積もって、いつのまにか自分らしさとなる。ですので、あまり自分らしさとは何かを考えずに、撮り続ける中で見いだしていけばよいのではないでしょうか。
——— 写真に関してもう少し掘り下げてお伺いします。横田さんにとって写真を撮り続けることの意味は何でしょうか。
私にとって写真を撮るという行為は、今や生命活動と共に自然とそこにある活動なので特に意識したことはありません。ですが、撮り続ける意味があるとすれば、それは自己の証明に他ならないのではないでしょうか。撮り続けることで見えてくる世界もありますし、それが自然と自信にも繋がるものではないかと思います。突然のシャッターチャンスに出合っても、撮影時の設定ですとかそういったものが自然と脳内に出てくるようになりますし、日々の継続が自ずと導いてくれるのだと感じています。
——— 最後に、横田さんにとってフィルターを使う意味は何でしょう。やはり、表現の幅が広がることではないでしょうか。実は、私の写真に癒やしを求める人が多いんですが、NDフィルターを使うとその「癒やし」の表現が拡張される感じがします。荒い水面にしてもそうですが、写真に写る要素を引き算することが可能になります。また、今回は主に長時間露光のためにフィルターを利用していますが、肉眼では見えてこない世界を写し撮ることができるのも面白いです。撮影手法が変わることで、被写体探しの視点も当然変わってきますから、今まで見えてなかったものに気付くことができます。
今後は、雲の変化が大きく入り込むような山の写真なども撮ってみたいですね。空のコンディションが非常に重要になるので、行ってすぐ撮れるというわけではありませんが、旅は大好きですから機会を作って挑戦してみたいと思います。
横田裕市 Yuuichi Yokota
1985年生まれ、福島県郡山市出身、東京都在住。雄大な自然のスケールを伝える大胆かつ繊細な絵を得意とする。国内外の風景を主に撮影。ツーリズム関連の各社・自治体のPR広告等を担当する。2015年、フィンランド政府観光局・フィンランド航空主催の観光誘致プロジェクト「100DAYS OF POLAR NIGHT MAGIC」に日本代表として参加。2016年には、日本とブータンの国交30周年を祝した観光誘致プロジェクトの日本代表として渡航。同年8月、iPhone写真作品が新しい祝日「山の日」を祝うAppleの広告作品として起用され、独占ライセンス契約を結ぶ。国際写真コンテスト「International Photography Award (IPA) 2016」のプロフェッショナルNature部門優勝。